第4話:ムショ帰りの極道、クッキー道に悪戦苦闘する

 クッキー道を極める道のりはとても険しく、また厳しいものだった。


 まず料理をしたことがない俺は、卵を割るところからつまづいた。


 また盛大に馬鹿にされると身構えていたが、意外にもあいつは「これはいいコンテンツになる」と喜んでいた。

 下手くそが日々練習して段々と上手くなっていく過程が重要らしい。まるでスポ根マンガだ。


 手本を見せてくれるのかと思っていたら、「四苦八苦試行錯誤しながらがんばれ」と応援だけされた。


 絶対あいつも料理できない。俺よりできないから逃げたんだ。できるなら絶対ひけらかすはずだ。見栄っ張りめ。


 俺が四苦八苦しているのはクッキー道だけじゃない。撮影道も同じぐらい、いやそれ以上に難しかった。

 慣れないクッキー作りと撮影を同時にするなんて無茶苦茶だ。


 最初の1週間は本当にひどかった。自分で見返してみてもひどい映像だった。

 クッキーは焦げているし、映像は乱れているし、こんな恥しか映っていない動画を全世界に向けて公開する意味が分からない。


「本当にこれでいいのか?もう少しマシになってからの方がいいんじゃないか?」

「……ッチ。何度も同じことを言わせないでくれます?しつこいですよ」


 舌打ちしたぞこいつ!ついでに俺の訴えもバッサリ切り捨てたぞ!

 なんて奴だ…。あいつには人の心がないんだ。

 俺ですら「今時めずらしい人情派だ」って言われていたんだぞ。


 なにを言ってもしょうがないと諦めた俺は、毎日毎日歯を食いしばりながらクッキーを焼いた。

 節約のためにバターじゃなくてマーガリンを使った。まともに焼けるようになったらバターを使おうと思う。バターは高いからな。



 3週間経ってようやく、人間が食べてもいいレベルのクッキーが焼き上がった。


「食ってみるか?」


 ノートパソコンとにらめっこしているあいつに声をかける。

 いつもは無視されるのだが、今日は違った。


 焼き上がりを確認し、一口かじる。

 欠けた部分を見て、小さい口だなと思った。

 

 ドキドキしながら感想を待つ。

 火傷しながらがんばったんだぞ。39歳のオッサンが必死に作ったクッキーだぞ。

 うまいって…、


「おいしくない」


 グサッ。


「生焼け」


 グサッ。


「粉っぽい」


 グサッ。


「甘さが中途半端」


 グサッ。


 いっそのこと一思いにやってくれ!一口ずつダメ出しされるとダメージがでかい!


 うなだれている俺に労りの言葉一つかけることなく、あいつはノートパソコンの前に戻った。


 俺がクッキーを上手に焼けたのが気に食わないんだと思い、もう一枚食べてみる。

 確かに言われた通りだった。


 最初は「うまい!」と感動したが、意識して食べてみるとチグハグな味だ。

 たぶん失敗作ばかり食べ続けて味覚がおかしくなっていたんだと思う。


 材料を混ぜて焼くだけの簡単な菓子だと舐めていたが、こんなに難しいとは。

 まだまだ先は長そうだ。


 だがここで俺は気がついた。


 あいつは「おいしくない」と言いつつ、一枚だけだが全部食べた。

 あの性格なら、本当に不味かったら一口目で吐き出しているはずだ。


 つまり、そこそこ食べられるレベルまで俺のクッキー道は進んだわけだ!

 卵すら割ったことがない人間がたった3週間でここまで成長できたなんてすごくないか?自分で自分を褒めてやりたい!


 俄然やる気が出た俺は、小遣いで色んな店のクッキーを買って食べることにした。


 現在、俺のバイト代は全額あいつに握られている。


「あんたの給料は全額事業用に貯金。生活費は私の給料から。お小遣いは1万円。なにかご意見は?」

「……ありません」


 昔から金勘定が苦手な俺は、あればあるだけ使ってしまう。貯金なんてしたこともできたこともない。だから小遣い制の方がありがたい。ちょっと情けないけど。


 研究のためにクッキーを買おうと決めたはいいが、買える場所が分からない俺は恥を忍んで聞いた。


「なぁ、クッキーってどこで買えばいいんだ?できればおいしいクッキーがいいんだが」

「世の中の大半のクッキーはあんたのよりおいしいよ」


 一言も二言も多いんだよ、こいつは。嫌味を言わないと死ぬ病気にでもかかっているのか。


「このリストを参考してみたら?少しは勉強になると思いますよ」


 渡された紙にはズラッと店の名前と住所と、手書きの地図が載っていた。


「ありがとう。助かるよ」


 がんばろう。

 やるべきことをちゃんとやろう。



 俺は自分と専門店との違いを細かくノートに書いた。

 その違いを埋めるために材料の配合を変えたり、焼き方を変えたり、試行錯誤した。


「これについてなんだが、どう思う?」


 自分で答えを見つけられない時は、あいつに意見を聞いた。


「私はこうだと思う。理由は––」


 どんな些細なことでも必ず真剣に考えて、的確な意見をくれた。一度も嫌味を言ってこなかった。


 こういうところが、いいなぁと思った。


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