第5話:ムショ帰りの極道、気合を入れてバイトする

 月日は流れて早3ヶ月。

 ずいぶんとこの生活にも慣れてきた。

 

 コンビニのバイトもあいつとの共同生活も順調だ。

 いや、ルームシェアと言った方が正しいかもしれない。


 平日はあいつの登校前に1時間、休日は俺のバイト前に2時間ぐらいしか顔を合わせない。

 その時間もあいつはずっとノートパソコンと向き合っているから会話はほとんどない。

 

 一応いっしょに住んでいるのだから少しぐらい雑談があってもいいんじゃないかと思う。


 だが今時の女子高生と何を話せばいいのか。


「どうかしましたか?五月雨さん」


 週に3回は顔を合わせる桐嶋きりしま 竜胆りんどう 君から声をかけられる。


 たしかこの子は大学生だったな。何かいいアイディアをもらえるかもしれない。


「いや、大したことじゃないんだけど、最近あまり娘と話せてなくて」

「娘さん高校生でしたっけ?むずかしいお年頃だ」


 俺の素性はオーナーしか知らない。


「桐嶋君が高校生だった時は親と会話してた?」

「いやぁ、俺もあんまり。仲が悪いとかじゃなくて、単純に話題がなかったっスね」

「そういうもんか」

「そういうもんスよ」


 こういう雑談がしてみたいんだよな。


 他のバイト仲間とはプライベートについてあまり話したことがない。

 まぁ、探られて痛い腹だからその方が都合はいい。

 桐嶋君はそこら辺のさじ加減がうまい子で、とても話しやすかった。

 

 そういえば面倒を見ていた若い衆の中にもこういうタイプの奴がいたな、と懐かしい顔を久しぶりに思い出した。



 ––––♪〜♪〜♪〜


 お客が入店してきた音が聞こえ、気持ちと頭を切り替える。


 客の数は少ないが、面倒な奴はとことん面倒だ。

 うかつな対応をすれば店に迷惑がかかる。オーナーの期待を裏切るようなことはしたくない。


 入店してきたのは一人の女性で、一瞬しか顔は見えなかったがたぶん美人。

 桐嶋君も同じことを思ったのか、目が合うとお互いニヤッと笑った。



 –––– ♪〜♪〜♪〜


 入口に目を向けた俺と桐嶋君の間に緊張が走る。


 だ。


 いつも4人で来ては、デカい声でバカ騒ぎしながら大量の酒や煙草を買っていく。


 連中はたぶん半グレの下っ端だ。

 外に停めてあるバンを見る限り、窃盗が主な仕事なんだろう。


 コンビニで強盗や万引きをする気はないらしく、ちゃんと会計はしていく。

 だが突然何をしでかしてもおかしくない。

 

 俺は警戒心を高めて様子をうかがう。

 すると4人の内2人の男があの女性に近づいた。ナンパでもするつもりだろう。

 

 まずいな。

 あの手のタイプが断られて引き下がるとは思えない。

 下手をすればあのバンに引きずり込まれる可能性だってある。


 やはり男達はナンパしていて、女性はそれを断っている。あまりにもしつこいのか女性の声が大きくなる。


 別の場所にいた男達の頭が動いた。

 合流されると引き剥がすのが難しくなる。


 俺は桐嶋君とアイコンタクトを取り、わざと足音を立てながら女性の元に向かった。


「お話し中すみません。先程の件について分かりましたのでこちらまでお願いします」


 男達には一瞥もくれず、女性にだけ話しかける。


「んだてめぇは!なに勝手なこと言ってんだコラッ!」


 凄んでいるつもりだろうが何も怖くない。元極道ナメんなよ。


 さっさとこの場を解散させたいのだが、肝心の女性はマジマジと俺の顔を見たまま動かない。


 そんなに俺の顔は怖いのか?


「オイッ!シカトしてんじゃねぇぞテメェ!」


 俺の胸ぐらを掴もうと手が伸びてくる。

 だがそれとは別の手が俺の両腕を掴んできた。 


「桔梗さん!桔梗さんじゃないですか!またお会いできるなんて!今までどうしてたんですか!」


 女性にしては声が太い。

 そして腕を掴む力も強い。


 俺の名前を呼んだよな。

 記憶にないぞ、この顔。


 もしかしたら俺は、今まで会ってきた女の記憶を刑務所に置いてきたのかもしれない。


「ウソッ!ワタシのこと覚えてない?いや、それもそうか。恰好が全然違いますもんね。オレですよ、オレ!」


 面着型のオレオレ詐欺でも流行っているのか?


紅花べにばな あせびです!」


 紅花 あせび。

 

 その名前はよく覚えている。

 俺が極道時代に面倒見ていた男だ。


 そう、男だ。

 男だったはずだ。

 こんな美女ではなかったぞ!


 いや、それは一旦置いといて。

 とにかく今がチャンスだ。


「久しぶりだな!こっちで話そう!」


 強引に手を引いて、バックヤードに引っ張り込む。


 表は桐嶋君一人になってしまったが、今さら何かするとは思えない。

 俺の予想通り、あいつらは何も買わずに黙って店から出て行った。


 ホッと一息ついたのも束の間、撫で下ろした胸にあせびが身を寄せてきた。


「会いたかったです、本当に」


 静けさが戻った店内とは逆に、今度は俺の頭の中がパニックだ。


 なんだこの展開は。


 誰か助けてくれ!


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