第6話:ムショ帰りの極道、元部下とデートする
桐嶋君に声をかけ、あせびを連れて店の裏に移動する。
「おどろいた。本当にお前、あせびなのか?」
「フフッ、ワタシこっちだったみたいです」
あせびは人を食ったような性格で、いつも飄々としていたが、いざその時になれば真っ先に身体を張って最前線に立つ奴だった。
自分より強い相手にも臆することなく立ち向かうその背中に、俺はいつも頼もしさを感じていた。
そんな部下が数年会わない間に目を見張るような美女に変身していたら、誰だって腰を抜かして驚くはずだ。たぶん俺も仕事中じゃなければ床に尻をついていただろう。
まぁ、男だろうと女だろうと元気でいてくれればそれでいい。
色々と聞きたいことはあったがまだ仕事中だ。そろそろ戻らなくては。
「久しぶりに会えてよかった。俺はいつもこの時間帯にいるからまた気が向いたら来てくれ。気をつけて帰れよ」
見送ろうとしたが、あせびは一向に動かない。
こんなに動作が止まる奴だったか?
黙って待っていると、モジモジしながら上目遣いで俺を見てくる。
その顔はやめてほしい。元部下相手にドキッとしたくない。
「あの、終わるまで待っててもいいですか?」
まだ4時間はある。それまで待たせるのは酷だろう。
この近くには早朝から開いている店はない。必然的に俺の家へ来ることになるが、もれなくあいつと鉢合わせる。それだけは絶対に避けたい。
どこか適した場所はないかと考えていた時、妙案が浮かんだ。
「こんな時間に待たせるのは申し訳ないから15時にこの店で会おう」
オッサン一人では行きづらかった店を待ち合わせ場所に指定した。
こいつと一緒ならたぶん大丈夫だ。
メモ帳に住所を書いて渡すと心底嬉しそうな顔をする。
お願いだから可愛いと思わせないでほしい。
あせびを見送ってから店内に戻り、いつもと同じ時間を過ごす。
桐嶋君は「お見事でした!」と言うだけで、何も聞いてこなかった。本当に出来た子だ。
今日の件については桐嶋君からオーナーに連絡を入れてもらうことにした。
家に帰ると、あいつはいつも通りノートパソコンをいじっていた。
一応「おかえり」とは言ってくれる。俺も「ただいま」を返して浴室に向かう。
今日は本当に疲れた。
14時に起きて出かける準備をする。
そうだ、生放送の時間変更についてTwitterとYouTubeで告知しないと。
あいつのノートパソコンを拝借して、慣れないキーボードで文字を打つ。
クッキーはだいぶうまく焼けるようになってきた。たまにあいつも「おいしい」と言ってくれる。
もちろん練習は続けていて、変わらず生配信もしている。だがさすがに練習時間は4時間まで減らした。その分、商品の研究や開発に時間をあてている。
「時間変更の時は絶対に告知してくださいね!」と口酸っぱく言われているため、今日も配信時間を変更すると投稿した。
さて、そろそろ待ち合わせ場所に行かないと。
家から出て駅に向かう。
刑務所に入る前までは電車に乗ったことがなかった。最初は切符の買い方にも戸惑ったが、今はもうへっちゃらだ。
降りた駅から少し歩くと目当ての店が見えてきた。そこから少し離れた場所に美女が一人立っていて、道行く人々の視線を集めている。
「待たせて悪かったな」
「全然!ワタシも今来たところです!」
こいつのことだから、だいぶ前から待っていたんだろうな。
「じゃあ、中に入るか」
「はいっ!」
窓際の席に案内され、期間限定商品と店のおすすめを紹介される。
店員に礼を言い、先にメニューをあせびに渡す。レディーファーストというやつだ。
「あの桔梗さんがこんなオシャレなお店知ってるなんて、彼女でもできましたか?」
「アホか。今の俺にできるわけないだろ」
「えぇ~、相変わらずカッコいいですよ!」
「つまらん冗談はよせ。真に受けるぞ」
恰好は変わっても性格は変わってないらしい。
少し熱くなった体を冷やすために水を飲む。
ちょうど俺の焼き菓子と、あせびのケーキが運ばれてきた。
人と来ているのにメモを取りながら食べるわけにはいかない。しっかり味を覚えて帰ろう。
「ん!やだ、おいしい!」
よほど気に入ったのか、あせびはずっとニコニコしていた。
クッキーもほかの焼き菓子も驚くほどうまかった。ここが一番かもしれない。帰りに買ってあいつと食べよう。
「それで、何があなたを変えたんですか?」
察しが良すぎるのも困ったものだ。まぁ、おかげで何度も助かってきたのだから文句は言えまい。ここは素直に白状しよう。
俺はあの夜のことから話し始めた。
信じられないという顔であせびが見てくる。
そうだろうよ。俺だっていまだに信じられない。
なんでこんなに、馬鹿真面目にあいつの言うことを聞いているのか。自分でも分からないんだ。
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