第7話:ムショ帰りの極道、幸せを噛みしめる
はぁ、やっと話し終えた。喉がカラカラだ。
水を流し込みながらチラッとあせびの様子を見る。
何を言われるのか戦々恐々しながら待っていると、あせびは無言でスマートフォンを操作する。
「ワタシ最近、好きな人がいるんです」
いきなりどうした。話がぶっ飛びすぎだろ。俺の話はスルーか?
「その人は失敗しても罵られても諦めずに毎日何時間もクッキー作りをがんばってる、元極道なんです」
それって、もしかして、もしかしなくても……。
「まさか桔梗さんだったなんて!」
あせびが見せてきたスマートフォンの画面には、俺のYouTubeチャンネルが表示されていた。
「大好きだからYouTubeもTwitterもInstagramもTikTokもブログも全部フォローしてるんです!」
Twitter以外もやっていたなんて知らなかった。
ちなみに俺は生配信の時にYouTubeとTwitterを操作するぐらいで、他は触ったことがない。
「機械音痴のお父さんに代わって娘が管理してます、って書いてあったけど本当だったんだ」
そうなんだ。それも知らなかった。たぶん俺はあいつがしていることの99%は知らない。
「最近ますます桔梗さんのファン増えてますよね」
「えっ、そうなのか?」
「えっ、知らないんですか?」
「いや、全部任せているから…」
「あっ、そっか。だったらフォロワー数とか見ても単なる数字にしか見えないか」
それぞれの数を確認すると、合計で2万4千のフォロワーがいた。
「つまり桔梗さんのファンが2万人弱いるってことですね。こんなにフォロワーいたら販売した時すぐ売り切れちゃいそう」
フォロワーがいるからなんだと思ったが、あせびに言われて気がついた。
見込み客をつくる。それがあいつの狙いだったのか。
正直「なんで俺ばっかり毎日こんなことしないといけないんだ」と思ったことは何度もある。
想像してほしい。7時間もクッキーを焼き続ける日常を。正気の沙汰じゃない。新手の拷問だ。
ノートパソコンばかりいじっているあいつを見て「楽しやがって」と何度も心の中で歯ぎしりをした。
だけど今なら分かる。動画の編集もSNSの運用も全然楽じゃない。
学校にも行ってバイトもして、俺よりもずっと大変な状況で、このビジネスを成功させようと行動している。
あいつは、本当にすごい奴なんだ。
「俺は恵まれてるよ。今こうして未来に希望が持てるのは、あいつのおかげだ」
自分で言っておきながら少し恥ずかしくなった。
あせびは一瞬目を丸くしたが、すぐニコッと笑顔をつくる。
あっ、これは何かを隠したい時にする顔だ。
「あなたが大変な時、オレは何もできなかった。だから今度こそ役に立つんだって思ってたのに……」
そんなふうに思っていたのか。
自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
突然上司がいなくなって、組もなくなって、本当に大変な思いをしただろう。自分のことで精一杯になるのが当然だ。
なのにこいつは俺なんかのために、それが悪いことだと思っていたんだ。
「あせび、俺はもうお前の上司じゃない。だから俺の役に立つとか「やめて」
あせびがジッと俺の目を見る。
あまりにも強い眼差しで、俺は思わず口をつぐんだ。
「受けた恩を返したいって気持ちを否定しないで」
言われてハッとした。
俺はそれが出来なかった時の悔しさも辛さも知っているはずなのに、それをするなと言うところだった。
「ありがとう。お前にそう思ってもらえて、俺は幸せだよ」
今度は本当に笑ってくれた。
「そういえば、お前は今どうしているんだ?」
俺の話ばかりで、こいつのことを何も聞いていなかった。
「今はエステとかネイルとかヘアサロンとか経営してます」
スゴすぎる。なんだそれは。いや、別におかしいことじゃない。本来こいつは、こうあるべきなんだ。
「じゃあ、毎日忙しいだろ。今日は突然誘って悪かったな」
「そんな!いつでも暇です!突然でも大丈夫です!むしろ誘って!」
その言い方が面白くて、思わず笑ってしまった。
だが、わざわざ時間をつくってでも会う価値のある人間だ、と言われているみたいでうれしかった。
会計でどっちが払うか揉め(もちろん俺が払った)、手土産も買い、また会う約束をして駅で別れた。
電車に揺られながら、別れ際に言われたことを思い出す。
「桔梗さんは、本当に自分の娘だって信じてます?」
痛いところを突いてくる。これだから察しのいい奴は困る。
どうだっていい。そんなこと。
あいつは俺を必要としていて、俺もあいつが必要なんだ。
それだけでいいじゃねぇか。いっしょにいる理由なんて。
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