第8話:ムショ帰りの極道、無茶ぶりに奮闘する
俺はあることに頭を悩ませている。
頭の中は8割がそれで埋まり、心ここにあらず。
「五月雨さん、どうかしましたか?」
ついこの間も桐嶋君に同じことを言われた気がする。
あれから半グレどもは来なくなり、桐嶋君と俺はオーナーから感謝の言葉と特別手当をもらった。
これでお役目ごめんかと思ったが、今日も変わらずシフトに入っている。
「ちょっと考え事をね」
「あぁ、娘さんのことですか?」
「それはもう諦めた」
あいつとは輪廻転生を繰り返しても雑談する仲にはなれない。こっちがそうなりたいと思っても、あっちにその気がないんだからしょうがない。
「そしたら別のことで悩まれていると」
「そうなんだよ。本当に困っていてね」
「大変そうっスね」
あの一件で、桐嶋君は俺が元極道だと知った。
オーナーには謝られたが、桐嶋君の俺への態度は一つも変わらず、むしろ前よりも話すようになった。
突然だが、1週間前に時を戻そう。
生配信も終わり、片付けも終わりそうな時にあいつが帰ってきた。
「これ読んでおいて」
帰ってきて早々、ホッチキス止めされた資料を渡される。理論整然とまとめられたそれは、一読しただけで内容を把握できた。
現状ほぼ計画通りに進んでいるがフォロワーの数はもっと必要らしい。
「フォロワー増やすの、あんたがやって」
「えっ?」
「よろしく」
「えっ?」
回想終わり。
いや無理だろ。やるしかないけど無理だろ。
そりゃね、あいつの負担を減らしてやりたいなって思ってましたよ、俺だって。でもね、これは無理ですよ。無理!
だけどそんなこと言えない。言ったら絶対見捨てられる。
ない頭で必死に考えた。本屋にも通って片っ端から立ち読みした。だけど全然分からない。
とにかく生配信だけは続けたが他のSNSは更新できず、フォロワーは増えるどころか減っている。
誰かに相談したいのだが誰にすれば……いた。俺よりも100倍詳しそうな子が目の前にいた。
「桐嶋君、もしよければ相談にのってくれないか?」
「いいっスよ!俺でよければ」
あぁ、なんていい子なんだ。お礼に何か奢ろう。
桐嶋君と休憩に入り、クッキー屋を開くこととフォロワー数が伸び悩んでいることを相談する。
「あっ、これ五月雨さんだったんスね。俺もフォローしてますよ」
あせびと同じくYouTubeのチャンネルを見せてくれた。
まさかこんな近くにもフォロワーがいたとは。世間は狭いな。
「最近更新なかったから心配してたんですけど、そういう事情だったんスね」
「面目ない」
「いやいや、娘さんが神がかりすぎてるだけで普通はできませんよ」
そんな難しいことを俺は任されたのか。もう本当にできる気がしない。
「YouTubeと Twitterだけにしたらどうです?」
「減らしていいのか?」
「苦肉の策です」
ですよね。全部更新できるならそっちの方がいいに決まってる。
桐嶋君は「フォロワーと交流するべし」とアドバイスをくれた。
「例えば、好きな味についてアンケートを取ってみて一位の味を実際に作ってみる、とかか?」
「それいいっスね!市場調査もできてフォロワーとの距離も縮まって、一石二鳥じゃないスか」
なるほど、こうやって考えていけばいいのか。一人だったら絶対に思い浮かばなかった。
「ありがとう。君に相談して良かった。頑張ってみるよ」
「楽しみにしてるっス!」
「あっ、お礼になにか奢るよ」
「いいんスか!そしたらクッキー下さい!」
「そんなのでいいのか?」
「ぜひ!」
あいつ以外で人に食べてもらうのは初めてだ。バターを使って焼こう。
家に帰ってさっそくYouTubeとTwitterでアンケートを取った。
寝て起きて見てみると、2,000人近くが答えてくれていた。
一位はチョコチップだった。
今日はいつもより良い材料を使いたくて富澤商店まで足を運んだ。
分かっていたがやはり高い。いつもの二倍はする。これで美味しさも二倍に、いやそれ以上になればいいんだが。
準備をして動画を回す。
今日の材料がいつもより高いことをアピールするのも忘れない。
おっ、視聴者数もコメントもいつもより多い。
最近はこうしたことまで気が回るようになってきた。
桐嶋君に言われたことを思い出し、コメントの質問に答えてみる。
うわっ!急に数が増えたぞ!目で追えない!
とりあえず読めたものだけでも答えていくと、あっという間にクッキーが焼き上がった。
食べてみると、いつもよりうまかった。恐るべし富澤商店。
材料といっしょに買ったきれいなラッピング用の袋にクッキーを数枚入れる。
今日も桐嶋君と同じシフトだ。
渡した時、喜んでくれるだろうか。
食べた時、おいしいと言ってくれるだろうか。
数時間後のことを想像しながら片付けていると、帰ってきたあいつに「キモッ」と吐き捨てるように言われた。
やっぱりこいつとは死んで生まれ変わっても仲良くなれない。
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