第9話:ムショ帰りの極道、有名人と仲良くなる
バイトに行くと桐嶋君が先に来ていた。
休憩時間に渡そうと思っていたが、もう今渡してしまおう。
「桐嶋君、これ。よかったらもらって」
「ありがとうございます!さっき作ってたやつっスよね。うれしいなぁ」
見てくれていたのか。嬉しい反面、知人に見られていたかと思うと少し恥ずかしい。
いつも通りバイトに励み、今日も桐嶋君と休憩に入る。
「桐嶋君に言われたとおり、視聴者との交流を意識したらYouTubeのチャンネル登録数が増えたよ」
「めっちゃコメント来てましたもんね。ちなみに俺もコメントしました」
「えっ、そうだったのか!すまない、気がつかなくて」
「あれだけ流れてたら気づかないですって。でも、いつか読んでもらえるよう送り続けます」
それは奇跡に近いんじゃないだろうか。
コメントが10とかだったら全部読めるが、昨日は200とか送られてきた。作業をしながらだから読むタイミングもある。
「嫌じゃなければ、アイコンの画像とかアカウント名とか教えてもらえないか?分かっていれば気づきやすいと思う」
「えっ?!」
心底驚いた顔をされる。
しまった、セクハラ発言だったか?
「あっ、いや、これは、そのっ!」
上手い言葉が浮かばず、しどろもどろになってしまう。
そんな俺がおかしかったのか、桐嶋君は笑いを堪えきれずに吹き出した。
「五月雨さんって、ほんと良い人っスね」
カタギの若い子に褒められ、ついジーンとしてしまう。
家にいるカタギの若い奴は鼻で笑うか罵るか無視するかだからな。
あの日家に来たのが桐嶋君だったら、俺の日常は心安らかだったかもしれない。
「ただいま」
家に帰ればそいつはいる。
「ちょっとこっちに来て」
突然の呼び出し。
神妙な声だ。何かしただろうか。
「いきなりアンケートを取ったり、コメントに答えた理由を説明して」
なんだそのことか。よかった。身に覚えのないことで怒られるのかと思った。
「バイト先の子にフォロワーが増えないことを相談したら、もっと交流した方がいいって言われて、それでやってみたんだ」
「それって誰ですか?」
「桐嶋君だけど」
名前を言ったところで知らないだろ。桐嶋君は深夜帯にしか入ってないからな。
「あぁ、あの人」
「知ってるのか?!」
「知ってたらダメなんですか?」
「いや、シフト被らないだろ」
「被ってた時があるから知ってるの。そのくらい分からない?」
グサッ。
そうですね。その可能性も十分考えられますね。頭が足りなくてすみませんでした。
「あっ、そうだ。アカウント名教えてもらったんだった」
桐嶋君も動画を上げてるらしい。
「えっ、この人……」
アカウント名を教えたら固まった。
初めて見た。こいつのこんな反応。
「どうした?知ってるのか?」
「知ってるもなにも、有名なYouTuberだよ」
チャンネルを見せてもらうと登録者数が100万人を超えていた。
動画に出てくる桐嶋君はバイトの時と雰囲気も印象も全然違う。これは気づかないのも仕方がないと思う。
「理由が分かったからもういいよ」
用は済んだと言わんばかりにこっちを一切見なくなった。
別にいいけど、まだ全然増えてないけど、少しぐらい褒めてくれたっていいと思うけどな。
代わりに桐嶋君がめちゃくちゃ褒めてくれた。
「YouTubeもTwitterも順調にフォロワー増えてますね。さすがっス!」
「いやいや、桐嶋君のおかげだよ。これ、今日もよければ」
「すげぇうれしぃ!うまいっスもん、五月雨さんのクッキー。販売したらマジで買えなくなりそう」
「ハハッ、もしそうなっても桐嶋君にはこうやって渡すよ」
「マジっスか!やったぁ!絶対ここ続けよ!」
そういえば、なんで桐嶋君はここでバイトしてるんだ?有名なYouTuberだったらそれ一本で食っていけるんじゃないのか?
まぁ、聞くだけ野暮だ。目の前にいるこの子と画面に映るこの子は別人なんだから。
「五月雨さんは、オレに頼みごととかしないんスね」
「いや、したよ。相談にのってもらったよ」
「そうじゃなくって。その、もう知ってるでしょ、オレのこと」
あぁ、なるほど、そういうことか。
このレベルのYouTuberになると下心を持って近づいて来るやつが増えるんだろうな。
フォロワーが増えるのはもちろん嬉しい。紹介してもらえば急増するだろう。
だけどそれ以上に嬉しいことを桐嶋君からもらっている。
「俺の焼いたクッキーを食べて、うまいって言ってくれるだけで充分だよ」
「……ッ、もう!そういうところがカッコいいんスよ!ギャップ萌えとか、マジあり得ん!これからも顔とか出さんでくださいよ!エゲツないことになるんで!」
すごい喋る。マシンガントークだ。
何を言われてるのかよく分からなかったが、とりあえず頷いておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます