第10話:ムショ帰りの極道、相談して考えて答えを出す

 あれから数週間後、また新たなミッションが与えられた。


「販売準備するからブランド名とデザインの原案を考えといて」


 目標金額も貯まりそうだし、総フォロワー数も倍以上になった。俺も販売準備をするタイミングだと思う。

 だけど、俺にブランド名とデザインを考えろっておかしくないか?オッサンだぞ?元極道だぞ?!


「無理だ!フォロワー増やすのとは訳が違う!そんな重要なことを俺が考えるなんて無理だ!」


 思わず口から出てしまったぁ。これは罵詈雑言が飛んでくるぞ。


 身構えていたが何も言ってこない。

 恐る恐るあいつの顔を見ると、こっちの身が引き締まるぐらい真剣な顔をしていた。


「重要ですよ。重要だからあんたが考えるんです」


 そうだった。これは俺のビジネスだ。


「形にするのはデザイナーなんで。そこまであんたに求めてないんで」


 つまりデザイナーに要望が言えるぐらいは考えておけということか。

 

 それなら気合い入れて––––


 相談するぞ!


「という訳なんだ。力を貸してくれ!」


 今俺はあせびに頭を下げている。


「もちろんです!相談してもらえて嬉しい」


 もう一人で悩むのはやめた。時間の無駄だ。周りに相談した方が早い。

 あせびは女性相手のビジネスを展開している。相談相手にピッタリだ。


 事前に要件を伝えておいたからか事務所のテーブルには色んな菓子ブランドの箱や缶が並んでいた。


「これ、わざわざ買ってくれたのか?」

「参考になるかなぁって」


 お礼にクッキーを持ってきたが足りなさすぎる。後で現金下ろしてこないと。


 こうして一度に複数のブランドを見比べると、それぞれに特徴があることがよく分かる。

 だが自分のクッキーにどのデザインが合うか全然分からない。


 うんうん唸っていると、あせびがアドバイスをくれる。


「コンセプトとターゲットって決まってます?」


 コンセプトとターゲット。

 言葉として聞いたことはあっても考えたことは一度もない。


「決まってない。どうやって考えたらいい?」


 聞いてばかりで情けないが恥ずかしがっている場合じゃない。分からないことは聞いた方が早いんだ!


「じゃあ質問します。桔梗さんがクッキーを通してお客様に提供できる価値ってなんですか?」


 なんだその質問。意味が分からない。


「質問を変えますね。数あるクッキーの中から選んでもらうためのウリを考えてください」

「それは、底辺のキャバ嬢がナンバーワンになるために必要なことと同じか?」

「……ですね」


 なるほど理解した。つまり選ばれるために必要なことを考えろってことだな。


「せっかくだから、お菓子食べながら考えましょ」


 あせびが珈琲を持ってきてくれる。俺の好きな豆で挽いてくれた珈琲だ。


 言わなくても分かってくれるというのは心地いい。特別感を味わえるからな。

 オーダーメイドのクッキーを作るか?いや、手間がかかり過ぎる。


 たぶん最初は俺自身に興味を持って買ってくれる。

 だがそれはリピートしてもらう時の理由にならない。リピーターがつかなければナンバーワンにはなれない。


 難しい。頭がパンクしそうだ。

 世の経営者達はこんな難しいことを考えているのか。


「あせび、なにかヒントをくれないか?」


 このまま考え続けても良い案が思い浮かぶ気がしない。


「そうですねぇ、うーん、あっ!そうだ、最初のコメントとか読んだことあります?」


 そう言われてみるとないな。最初の頃はそんな余裕なかったし、ほとんどコメントは来てなかったはずだ。


「これ見てください。すごいこと書かれてるでしょ?」


 過去の動画のコメント欄を見せてもらう。


「こんなことを書かれていたのか」


 直接言われた時は何とも思わなかった言葉も、文字にされるとなかなか辛い。

 よく見ると全部のコメントにハートマークが付いてる。あいつはこれを全部読んでいたのか。


「でもだんだん酷いコメントは減って、代わりに応援のコメントが増えて、今ではファンがたくさんできましたよね」


 もちろん今でも悪意あるコメントは来るが、好意的なコメントの方が圧倒的に多い。


「みんな応援したいんです。スポーツもアイドルも会社も、応援できるストーリーがあるモノは長く愛される」


 あいつに言われたことを思い出す。


 “今の時代、完成された商品よりもその過程ストーリーの方に価値がある”


「そして、感情を動かすモノは一生愛されます。人は自分の感情とリンクしたものを絶対に忘れないから」


 俺にも忘れられない歌やゲーム、スポーツの名場面がある。誰にでも一つはあるだろう。


 とくに涙を流すほど心を揺さぶったモノは一生忘れない。


「そうか、そういうことか」


 あせびが俺に伝えたかったことが理解できた。

 

 涙とともに食べる。

 これが目指すべき俺のクッキーだ。


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