第11話:ムショ帰りの極道、女子高生にお節介を焼く 

 あせびのおかげでコンセプトもターゲットも決まった。


 “あなたのかなしみに寄りそうクッキー”


 これだ、と思った。


 俺のクッキーを食べて少しでも辛さや悲しさが和らいだら、支えになれたら嬉しい。

 これは俺だからこそのコンセプトだと思う。

 ターゲットは辛さや悲しさを抱えている30代以上の女性にしよう。


 それなりに年を重ねた女性は、自分の感情を抑え込んで我慢している気がする。

 

 弱音を吐き出せないのは苦しい。水の中で溺れているのも同然だ。

 そんな時、クッキーを食べて一息ついてほしい。呼吸の仕方を、浮上の仕方を思い出してほしい。


 男はいくつになっても平気で無自覚に世の中や他人に甘えられる生き物だから放っておく。


 この話をあせびにした時、拍手を送られた。


「ちょっと感動しちゃいました。あなたのストーリーにも合いますし、唯一無二のコンセプトだと思います」


 お世辞も何割か入っているだろうが、素人が考えたにしては上出来だと俺も思う。


 さて、これをあいつが認めてくれるかどうかが重要だ。「バカか。考え直せ」と言われたら俺は従うしかない。

 とりあえず話すのはバイトから帰ってきてからだ。



 今日もバイト先に向かうべく夜道を歩く。


「ん?」


 もうすぐ日付が変わる時間だ。こんな時間になぜ女子高生がいる。


 警察でも夜回り先生でもないんだから見て見ぬ振りして通り過ぎればいいのにいやでも足が止まる。


 目線の先にいる子は、あいつと同じ制服を着ていた。


 10分間だけ様子を見よう。それ以上は遅刻する。


 何もなければいいが何もないはずがない。

 予想通り、反対側から現れた男が女子高生に近づいていく。とても同級生や彼氏とは思えない年齢だ。


 パパ活しようが援交しようが売春しようがそんなの個人の勝手だ。成人していれば。

 未成年なら話は違う。


 別に今さら立派な大人振ろうなんて気はない。

 単純に胸くそ悪いだけだ。大人が子どもを喰いものにしていることが。


 おっ、金を渡したな。

 さて、お節介を焼かせてもらいますか。


「よっ!うちの生徒だな。こんな時間にこんなところで何やってんだ?」


 こんな状況で突然声をかけられたら普通は慌てふためくはずなのに女子高生は全く動じてない。男の方が挙動不審だ。


「あんたも出歩くには危ない時間だ。気をつけて帰れよ」


 こういう時は気遣うふりして立ち去らせるのが一番。下手に責めると逆上されて状況が悪化する。


 男は逃げるように去って行き、女子高生と二人きりになる。

 このシチュエーションだと今度は俺が援交相手に間違われそうだ。


「君も家に帰りな。帰りたくないかもしれないが、夜は子どもの時間じゃない」


 少し距離を取って声をかけるが、女子高生は口を開かないしその場から動こうともしない。


 どうしたものかと思っていたら、ぐぅぅぅと腹の虫が鳴った。


「腹、減ってんのか?」


 女子高生はコクンと頷く。

 妙な子だ。常習犯ではなさそうなのにこういう場に慣れている。


 とりあえず何か食い物をと探すが、いつものクッキーしか持っていない。


「悪いがこれしかない。俺が焼いたクッキーでよければ」


 袋を手渡すと、迷うことなくクッキーを口にする。

 「見ず知らずの人間からもらった物を疑いもせず食うな」と叱る前に平らげた。

 そんなに腹が減ってたならコンビニで何か買ってやればよかった。


「ごちそうさま。あなた、とても優しい人なのね。安心した」

「もういいのか?」

「大丈夫。家に帰るわ」

「気をつけて帰れよ」

「ありがとう。またね」


 最後の言葉が引っかかる。

 「待ってくれ」と言う前に女子高生はスゥッと消えた。


「もしかして、幽霊だったのか?」


 幽霊もクッキーを食べるんだな。幽霊も食べたクッキーなんて売り文句もいいかもしれない。


 くだらないことを考えながら懸命に足を動かした。



 なんとかギリギリ間に合い、息つく間もなく仕事に入る。


「めずらしくギリギリでしたね。何かあったんスか?」


 客足が途絶えたタイミングで桐嶋君が話しかけてくる。

 忙しくて忘れていたが、クッキーのこと謝らないと。


 ここに来る前に起こったことを掻い摘んで話す。


「なるほど、女子高生の幽霊が俺のクッキーを食べちゃったと」

「それは冗談で……たぶん」

「アハッ!まぁ生きてるでしょうね!」

「だよね!そうだよね!幽霊なわけないよね!」

「俺のクッキー食べやがりましたからね」

「面目ない」

「抹茶味のクッキー食べたい」

「作ってくるよ」

「なら許します」


 ふざけた会話がツボに入り、お互い同時に吹き出す。

 桐嶋君は本当に話し上手だ。さすが人気YouTuber。


 ひとしきり笑い終えた桐嶋君が目尻に溜まった涙を拭う。


「また会うかもっスね、その女子高生」


 予言めいたこの言葉は、程なくして現実となる。


 目の前に、いやその前に、なんでこいつと並んで座ってるんだ。


 君は一体、誰なんだ。


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