第3話:ムショ帰りの極道、コンビニでバイトする
オーナーはとても良い人で、俺のことを人間扱いしてくれた。
他でされたような、履歴書を目の前で破り捨てられることも蔑んだ目で見てくることもなかった。
面接は形だけで、すでに俺の採用は決まっていた。
帰り道、気になっていたことを聞いてみる。
「なあ、オーナーに俺のことをどう説明したんだ?」
顔は前を向いたままで、こっちを見ようともしない。
「生き別れた元極道の父親」
「えっ、それだけ?」
「生活に困ってて助けてあげたいから深夜帯のバイトに採用してくださいってお願いした」
お願いされたら何でも聞いてしまう人なのか?それはそれで心配になる。
「本当にそれだけか?」
もう一度聞いてみると、やっとこっちを見た。その顔には「うっせぇわ」と書いてあった。
「私はオーナーに信頼されてるの。信頼する私の父親だから元極道でも雇ってもらえたの。分かった?」
つまり決め手は信頼する和蘭 苺の父親だから、か。
これで俺は絶対にこいつを追い出せなくなった。
面接から2日後、教育担当のこいつに合わせて最初の1週間は19時から3時までのシフトに入ることになった。
てっきり死ぬほど罵倒されると思っていたが、普段とのギャップで風邪をひきそうなぐらい優しく教えてくれた。
「分からないことがあれば、すぐ聞いてくださいね」
しっかり目尻を下げて口角を上げたあいつの笑顔は、ちょっと怖かった。
1週間みっちり教え込まれ、基本的な仕事は一人できるようになっていた。
「さすが和蘭さん、教えるのが上手だ。これなら大丈夫そうですね」
オーナーからも合格をもらい、翌日から深夜帯のシフトに入ることとなった。
同じ時間帯のバイト仲間から「あいつらです」と教えてもらったガラの悪い連中は、俺からすれば少し調子こいてるレベルだが、カタギが相手をするには厄介だ。
俺はオーナーに相談し、しばらくは一日の稼働時間を短くして毎日シフトに入ることにした。
「最初は正直不安でしたが、今はあなたがいてくれることに感謝しかありません」
「……そう言ってもらえると。これからもがんばります」
思わず人前で泣きそうになってしまい、慌てて部屋から出た。
元極道になってから初めて人に感謝された。
この話を家でしたところ、鼻で笑われた。
「そんなんで人生大丈夫?明日にでも解雇されるかもって思わない?もしかしてまた私に紹介してもらえると思ってる?もっと危機感持ったら?」
なにも言い返せない。正論が胸に刺さる。
もし今のバイトをクビになれば、また一から探さないといけない。
それがどれだけ困難なことか自分が一番分かっているはずなのに俺は浮かれていた。
「いい人生を送りたいなら黙って私の言うことを聞く。分かりましたか?」
「……はい、分かりました」
「じゃあ、これからこのスケジュール通りに過ごしてください。一日も無駄にしないように」
渡された紙を見てみると、俺の一日のスケジュールが書いてあった。
・0時から6時までコンビニでバイト
・6時から15時まで自由時間
・15時から22時までクッキーの練習
・22時から0時まで自由時間
バイト先までの移動時間と生きるために必要な時間まで自由時間に入れられている。マジか。
それよりクッキーの練習に7時間?クッキーってそんなに難しい菓子だったか?
「練習の様子をYouTubeで生配信します。サボったりすればすぐ分かりますからね。撮り方の説明をするので一回で覚えて下さい」
スマートフォンとライト付き三脚を二台ずつ渡され、YouTubeの使い方やスタンドを置く位置やカメラの角度などを事細かく指示される。
すべて覚えていられるほど記憶力は良くないので必死にメモを取る。
「ざっとこんな感じですが、こういうのは実際にやってみないとね。明日オーブンレンジも届くので、さっそく練習してみましょう」
てっきり中古品が届くと思っていたのだが、受け取ったオーブンレンジは最新型の新品だった。
「これ10万はするよな。こんな高いのを練習に使っていいのか?」
「そんな心配するぐらいなら死ぬ気で練習してください」
容赦なく背中を蹴り飛ばされた俺は、とりあえず説明書を読み込むところから始めた。
壊したりしたら蹴り飛ばされるどころじゃない。
あいつが来てから息つく間もない早さで物事が進んでいく。
なんだか生き急いでいるようで少し心配になるが、言ったところで「自分の人生を心配しろよ」とまた鼻で笑われるだろう。
色々と思うところはあるし、納得できていないこともある。
だが俺はあいつに人生を託したんだ。
ここまで来たら腹をくくろう。
クッキー道を俺は極める!
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