第23話:クッキー屋の社長、熾烈な争いを繰り広げる

 バレンタインフェアがついに始まった。


 客として初めて参加して分かったが、これはロックフェスだ。


 フワフワキラキラしたフェアだと思っていたが、まったく違う。

 ギラギラしていて、ものすごくパワフルで、自家発電できそう。


 バレンタインって、こんなにエネルギッシュなイベントだったのか。


「女性たちのバレンタインにかける情熱が分かりました?」


 ドヤ顔のあせびの両手には、複数の袋がぶら下がっている。


 いつの間に買ったんだ。抜け目のない奴め。


「正直ここまでとは思わなかったよ。20億も売り上げる理由が分かった」


 年に一度のフェスティバル。

 購買意欲は最高潮で、財布の紐はガバガバ。

 売れない理由がない。


「ウチの順位は?」

「今のところ4位です」


 初出店で中日4位は優秀な方だろう。

 

 あけびの助言どおりにパッケージデザインとサイズを増やしたおかげで、無事にスペースは埋まった。

 スペースのデザインも江里花が担当してくれたおかげで、“ichigo”の世界観を完璧に表現できた。

 桐嶋君が「これだけでも!」とCMをバレンタイン用に編集してくれたおかげで、多くのお客様がブースに来てくれた。

 売り子をしてくれてる社員全員が丁寧に接客してくれるおかげで、リピーターも増えている。


「1位なるためには何が必要だ?」


 4位で満足しない。

 絶対に1位を獲る。


「ここでしか買えないアピールです。幸いオンラインストアは全品完売中だから事実ですしね」


 自社のオンラインショップを見ると、すでにバレンタインフェアへの誘導ページができていた。

 各SNSの公式アカウントでも似た投稿がされていて、沢山の人がリツイートして[フェアで買えた!][今ネットで買えないからフェア行くしかない!]と書き込んでいる。


 対応が早い。さすがだ。



 あせびの思惑どおり、ブースへの来店数が急増し、残り一週間の時点で2位まで繰り上がった。


 だが1位との差が埋まらない。


「さすが3年連続1位のブランドだな」

「あと少しなんですけどね」


 SNSではウチとNo. 1ブランドとの1位争いで盛り上がっている。


「桔梗さんがブースに顔出したら勝てそうなんだけどなぁ」

「それは出来ない相談だ」


 あせびの言うことも分かる。

 たぶん顔を出せば、ブーストはかかるだろう。


 古参のファンというか、オレを推してくれいる人達からの応援がすごい。


 [#桔梗さんをNo. 1に!]なんてハッシュタグもつくられた。

 ハッシュタグが付いてる投稿を見ると、シャンパンタワーみたいにウチの商品が積み上がってる写真が載っていた。


 賞味期限内に食べ切ってもらえるか不安だが、ありがたいことだ。


 各SNSのすべての投稿に対して、公式アカウントから会社としてお礼のコメントを書いていく。


 顔を出さない決めた以上、オレにできることはここまでだ。


「百貨店にとっても、他のブランドにとってもこの盛り上がりは嬉しいでしょうね」


 来場者数が毎日増え続けるおかげで、フェア全体の売上も伸びている。

 他のブランドも売上が昨対比を超えているらしく、ランキング入りした時にはそれなりに妬まれたが、今では応援されている。


「あと一押しがあれば」


 できることは全部やった。

 あとは神頼みするしかないのか?


 数年前と違って、知識も経験も得た。

 必死に考えれば、何かしら思い浮かぶはずだ。


 最後まであきらめるな。


「……桔梗さん、流れが変わりますよ」


 あせびが一つの投稿を見せてきた。


「!?」


 CMで主演を務めてくれた女優さんが、“ichigo”のクッキーを食べている写真を投稿してくれた。


 その投稿は瞬く間に拡散されて、[#ichigoのクッキー缶]がトレンド入りした。



 そこからは怒涛の勢いで売れた。


 順位争いよりも在庫との戦いに明け暮れ、気づいた時には最終日を迎えていた。


「おめでとうございます!初出店で1位は史上初の快挙です!」


 フェアが終わり、関係者しか残っていない会場で百貨店から表彰され、たくさんの拍手を浴びても実感が湧かなかった。


 だけど、パティシエさんや責任者さん達から「おめでとうございます」「いい刺激をもらいました」と声をかけてもらえた時、心の中で泣いた。


 やっと認めてもらえた。

 やっと同じ土俵に立てた。

 

「桔梗さん、やっと、ですね」


 オレの代わりに、あせびが泣いてくれた。


「ありがとう。お前のおかけだよ」


 あせびがいなければ、この結果は出せなかった。もちろん江里花と桐嶋君と社員たちもそうだ。


 これは、みんなの掴み取った1位だ。

 胸を張って、堂々と掲げよう。



 だが勝利に酔いしれるのは今日まで。


 これからだ。

 これからもっと大きな結果を掴み取る。


 全員に恩を返せるように。

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