第24話:クッキー屋の社長、タイミングよく炎上する
バレンタインフェアでの成果が認められ、全国の百貨店や駅ビルに常設店舗を構えることができた。
ブランドの認知が広がったおかげで、ネットも実店舗も売り上げは右肩上がり。
「すごぶる好調だな」
「だからこそ融資を通したいです」
変わらず顧問弁護士をお願いしている山尾先生に、融資用の書類を確認してもらう。
「書類は完璧だ。業績もな。これで通らねぇなら死ぬしかないな」
「それ以外の方法はないですかね」
死ぬのはイヤだ。絶対ヤダ。
「社長交代するか」
「それもヤダ」
「わがまま言うな」
えー!これってわがまま?
いやでも、まぁ、そうなんだよな。
融資を通したいなら、ヤクザのヤの字もあっちゃいけない。
真っ当に生きることの大切さが、今なら身にしみて分かる。
今と未来は変えられても、過去は変えられないし、消えもしないからな。
「これでダメだったら投資家探せ」
それも考えたが、下手に株を渡すと経営権を握られる可能性がある。
もし出資を受けるなら一人にしたいが、億単位をポーンと出せて、なおかつ口も出さない投資家なんていない。
銀行からの融資にこだわる理由はそれだけじゃない。
信用の証として、銀行の融資がほしい。
そうすれば、今以上に大きなビジネスができる。
山尾先生とウチの法務部に頑張ってもらったおかげで、書類を受け取ってもらうことはできた。
それを桐嶋君、あせび、江里花との食事会の場で報告する。
バレンタインフェアのお礼をしたくて、忙しい中集まってもらった。
「よかったですね、五月雨さん。審査してもらえるなんて、大進歩じゃないですか!」
恥ずかしい話だが、桐嶋君は手放しで褒めてくれた。
普通の会社なら書類ぐらい受け取ってもらえる。
「今の業績を考えれば絶対返済できるんですから、通してくれると思いますけどね」
あせびの言うとおり、返済能力は十分ある。
資金繰りに苦しくなっての借金じゃないから、普通は問題なく通る話だ。
「ダメだったらどうするの?環さんから投資家探せって言われたと思うけど、目星ぐらいは付けたの?」
江里花があいつに似てきた。詰め方がそっくりだ。
あいつはもっとキツイけど。
「金は出すけど口は出さない投資家なんて、そうそういないわよ。私にもっとお金があれば出資したのに」
「オレもです。こういう時、まだまだ力不足だなって思います」
あせびも桐嶋君も十分資産家だ。人生3周は余裕だろう。
だがこの4人の中で一番の資産家は、大地主の江里花だ。
「ダメだった時は、江里花さんが出資すればいいのでは?」
「ナイスアイディア!土地といっしょに出資してあげてよ」
「それはダメ。甘やかすなって言われてるもの」
オレが言いたかったことを桐嶋君とあせびが代弁してくれたが、すげなく断られた。
そんなところまで似なくていいだろう。
数週間後、銀行の融資担当者から審査が通りそうだと連絡が来た。
百貨店との取引実績が功を奏したらしい。
道が開きかけた時、血相を変えた社員が飛び込んできた。
「社長!大変です!炎上しています!」
すぐさまSNSを確認する。
炎上の内容を見ると、火の元はオレの経歴だ。
こんなの今さら過ぎる。
“ichigo”を立ち上げる前からずっと、元極道だということも刑務所に入っていたこともオープンにしてきた。
今でもそれは隠していないし、過去の動画だって消していない。
経歴で炎上しているならまだいいが、事実無根のデマが流れ始めている。
こうなると、もう止められない。
火消しに走れば悪化するだけだ。
「まずは取引先に謝罪しよう。各責任者を至急集めてくれ」
手が、足が、震えて止まらない。
最悪の未来が頭に浮かぶ。
だけど立ち止まるわけにはいかない。
会社だけは絶対に守らなければ。
一週間経ってようやく鎮火したが、当然銀行の融資は通らず、百貨店との取引も失った。
「災難だったな」
「ムショにぶち込まれた時よりツラいです」
会社としてデマを放置するわけにはいかず、山尾先生に法的措置を取ってもらった。
が、それで信用と売上を取り戻せるわけもなく、業績も気分もドン底まで落ち込んだ。
「で、どうすんだ?これから」
「どうしましょうね……」
まったく頭が回らない。
考えることを拒否してやがる。
「この程度で腑抜けてどうするの?応援してくれたファンの人たちに申し訳ないと思わない?」
「……あいつのモノマネがブームなのか?」
打ち合わせの予定もないのに江里花が来た。
何の用かと聞けば、山尾先生を迎えにきただけらしい。
「苺ちゃんならこの100倍はキツイ言うよ。国内がダメなら海外進出ぐらい考えろ、ってね」
部屋から出て行く二人の背中を見送ってすぐ、海外事業担当者へ連絡する。
江里花の言うとおりだ。
国内がダメなら海外に行こう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます