ムショ帰りの極道、クッキー屋さんはじめます
小林みつる
第一章
第1話:ムショ帰りの極道、女子高生と同居する
刑務所から出たらシャバの空気がうまく感じるって?
誰だよ、そんなこと言った奴。
元極道の俺にとって、シャバの空気は全然うまくない。
仕事を探そうにも真っ当な仕事だと履歴書を出した時点で不採用。
履歴書がいらない日雇い仕事で食いつなぐ日々だが、収入は安定しないし携帯の契約はできないし銀行口座だって開けない。
これが死ぬまで続くのかと考えたらため息しか出てこない。
極道になったことに後悔はない。ならなければとっくの昔に死んでいた。
刑期が終われば組に戻るつもりだったがその前に組は潰れてしまった。
文句の一つも言いたくなる世の中だが、言ったところでなにも変わらない。
「ハァ、とりあえず寝るか」
夜はろくでもないことしか思い浮かばない。こういう時はさっさと寝るにかぎる。
シャワーを浴びようと立ち上がったその時、
––ピーンポーン
引っ越してきてはじめて玄関のチャイムが鳴った。
もうそんな心配をしなくてもいいはずだが、昔のクセでつい息をひそめてしまう。
––ピーンポーン
足音を立てずに玄関まで歩き、のぞき穴から外を確認する。
「!!!???」
思わず悲鳴が出そうになり、あわてて口をふさぐ。
なんでこんな時間に、いや、どうして女子高生がいるんだ!
もう一度のぞき穴から外を見てみるが、やっぱり制服姿の女子高生がいる。
もしかして他の住人が呼んだデリヘルが部屋を間違えたのかも。
そう思ったらそうとしか思えなくなり、正しい部屋番号を教えてあげようとドアを開けた。
「
俺の名前だー。
えっ、いつデリヘル呼んだ?いや、女子高生は俺の趣味じゃねぇ。もしかしたら同姓同名のやつと、ってそんなわけあるかぁ!山田太郎じゃねぇんだぞ!
「とりあえず中に入れてもらっていいですか?」
「あっ、はい」
ドアを押さえながら身を引いて、女子高生が通れるスペースをつくる。
「思ってたより片付いてる、っていうか物がない」
部屋の中をサッと見渡した女子高生はその場に腰を下ろす。
「話したいことがあるから、あんたもここに座って」
「分かった……」
いや、おかしいおかしい。なんで見ず知らずの女子高生を部屋の中に入れてる。こんなの誰かに見られでもしたら刑務所へ逆戻りだ。そもそもこいつは誰なんだ。
「とりあえず座って」
「はい」
俺ってこんなに素直だったっけ?現役の時には狂犬って言われてたよな?
自分よりもずっと若くて小さい女子高生に、なぜか逆らえなかった。
「私の名前は
むすめ?ムスメ?MUSUME?娘?モー娘?んなわけがない。
寝た女の数は両指を3回折っても足りないが素人は抱いていない。一人も本名を知らないから苗字を聞いたところで心当たりもない。
「俺が父親だという証拠でもあるのか?」
「私が今ここにいることが証拠だと思いますけど?」
ぐうの音も出ない。俺と関りのない女子高生がこんなところに来るわけがない。
だがもし娘だとしても今の俺には育てることなんてできない。中途半端に情けをかけるよりも最初から突き放したほうがいい。
「悪いが俺は「私にはあなたしか頼る人がいません!一年と少しだけここに置いてください!」
女子高生が土下座をしている。
あいにく土下座一つで心を動かされるほど、俺は優しい人間じゃない。
「それは無「聞きますけど!あんたは一生こんな生活していくつもり?」
極道顔負けの凄みに、思わず口をつぐむ。
本当に俺の娘なのかもしれない。
「仕事も住む場所も選べない、まともな収入もない、安定した生活なんて夢のまた夢。そんな人生であんたは満足なわけ?」
痛いところを突いてくる。さっきまで考えていたことズバリだ。
何度も考えた。どうしたら、いつになったら、普通の生活ができるのか。こっちよりもあっちの世界の方が楽に生きられるかもしれない。もう一度戻ってしまおうか。そう考えたことは一度や二度じゃない。
「私があんたの願いを叶えてあげる。普通の生活を、ううん、もっといい人生をあげる。だから私をここに置いて!」
いろんな人間を見てきたから分かる。こいつはデカくなる。
こいつの言うとおりにすれば、俺の人生もきっと変わる。
「分かった。お前をここに置いてやる。そのかわり、俺にいい人生をくれよ」
「交渉成立ね。任せといて」
差し伸べられた手を握る。
どうしようもない俺の人生が、今この瞬間から変わった気がした。
「まず手始めにクッキーの練習ね。作ったことある?」
「あるわけがない」
「だよね。じゃあ練習してね。これからあんたはクッキー屋さんをはじめるんだから」
幻聴か?聞き間違いか?こいつはなんて言った?
この俺が、元極道の俺が、クッキー屋さん…?!
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