第16話:ムショ帰りの極道、人のデートを尾行する
小洒落たレストランで、楽しげに話す若い男女を少し離れた席から観察する。
「桔梗さん、バレますよ」
あせびに注意され、頭を少し下げる。
俺は今、非常に恥ずかしいことをしている自覚がちゃんとある。
父として男として、いや、人間としてダメなことをしている。
何をしているかって?
バイト仲間と娘のデートを覗き見してるのさ!
心配だった。
桐嶋君が。
被った猫を引っ剥がした時のあいつは平気で人の心をバキバキに折る。
俺は元極道だから耐えられたが、一般人だったら耐えられなかった。
桐嶋君の心を守るために店で見守っていた方がいい。それならすぐ助けに行ける。
口では敵わないけど、盾にはなれる。
そう考えたはいいものの、男一人で入るにはちょっと勇気がいる店だった。
「すまんがまた付き合ってくれないか?」
「ハイッ喜んで!」
あせびは二つ返事で引き受けてくれた。
片棒を担がせるのは気が引けたが、頼れる人間が他にいないのだから仕方がない。
お礼兼お詫びとして今日の食事代はもちろん、クッキー缶を帰りに渡すことにした。
「美男美女同士、絵になる二人ですね」
あいつが美人かどうかは置いておいて、桐嶋君は確かにカッコいい。
オーラが出てしまっているのか、周りが少しざわめいている。
スキャンダルにならないかハラハラする。
しかし楽しそうな雰囲気だ。
あいつがあんな風に笑ってるところを初めて見た。
何を話しているんだろう。
「いいなぁ、そんな風に気にしてもらえて」
しまった。あせびのことを忘れかけていた。
無理して来てもらったのに、失礼な態度を取ってしまった。
「悪かった」
意識と体を正面に向ける。
目の前のあせびに全集中しなければ。
「いいですよ、別に」
分かりやすくムスッとしてる。
エリカ様が出てきている。
「あっ、チーズがあるぞ!お前好きだったろ。頼むか?」
好きだったはず。
あれば必ず頼んでいたし、コンビニやスーパーでも買っていた。
「そんなどうでもいいこと、よく覚えてましたね」
「お前だってそうだろ。あの時の珈琲、うまかったぞ」
事務所で入れてくれた珈琲のことだが、伝わっただろうか。
返事がない。
目を丸くしたまま固まっている。
そんな驚くようなこと言ったか?
「あぁーもう、ほんとイヤ!無自覚天然オヤジこわっ!」
今度は両手で顔を隠した。
めずらしく感情の起伏が激しい。
とりあえずチーズは頼んでやろう。
それにしても、あの二人は何の話をしているんだ?
共通の話題といえばYouTubeと俺ぐらいだろ?
もしかして俺の悪口?
あり得る。ものすごくあり得る。
それならあいつが笑っているのも理解できる。
もしそうじゃなかったら?
単純に会話が楽しいだけだったら?
あせびが言ったとおり、二人はカップルにしか見えない。
俺とだったら親子にしか見られないだろう。
大学生と女子高生。
なんら問題のない肩書きと年齢差だ。
比べて俺は元極道で、あいつとは22歳差。
親子以外の関係はあり得ない。
桐嶋君が羨ましいと思った。
なんだかんだで20時になり、二人は店先で解散した。
俺たちも食事を終えていたので、タイミングをずらして店から出る。
「くだらん用事に付き合わせて悪かったな。これ、よかったら食べてくれ」
忘れずにクッキー缶が入った紙袋を手渡す。
「えっ!嬉しい!ありがとうございます!」
素直に喜んでくれるとこっちも嬉しい。
こういうところもこいつの良さだ。
「缶のデザイン素敵ですね。あっ、ロゴはまだなんだ」
「ブランド名が決まってないんだ」
一日も無駄にできない中、こんなバカなことをしている俺は、正真正銘の馬鹿なんだと思う。
「新しい言葉や単語から探すよりも、知ってる中から選ぶといいかもですね」
なるほど、参考になる。さすがは敏腕経営者。
「あの二人、お似合いでしたね」
「……そうだな」
駅に向かって二人で夜道を歩く。
同じ夜道でも昔とは全く違う、平和な道のりだ。
「桔梗さんはいないんですか?好きな人」
この手の話が好きな奴だ。
まぁだから今日、付き合ってくれたんだろうな。
質問への答えは決まっている。それを口にすればこの話は終わり。
なのに言葉が出てこない。
「この手の話になると、急にポンコツになるんだから」
あせびは呆れ顔でため息を吐く。
「今度会った時に聞かせてくださいね!」
そう言い残し、颯爽と去って行った。
「好きな人はいない」
どうしてこれが言えなかった?
「今はいないけどいずれ欲しい」
こう言いたかったのか?
それとも、
「好きな人がいる」
とでも言いたかったのか?
馬鹿な。
いるはずないだろ。
許されない。
好きになっていいはずないだろ。
俺にその資格はないんだから。
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