第17話:ムショ帰りの極道、大切な言葉を見つける

 ついに明日がブランド名の提出日アンド俺の命日。


 サボってたんじゃない。

 鼻血が出そうなぐらい毎日考えたが、ピンッとくる名前が浮かばなかったんだ。

 

 振ればカラカラ音を立てる自分の脳みそに頼るのはやめて、本屋に向かうことにした。


 とりあえず、子どもの名付け本が置いてあるコーナーに立ち寄る。

 パラパラめくってみるが人間に付ける名前なので参考にはならない。


 隣のブースには占いの本がたくさん置いてある。その中から誕生日占いの本を開いてみると、誕生花と花言葉が書かれていた。


「花言葉なんてあるのか」


 興味を惹かれて、今度は花言葉辞典を手に取る。

 知っている花の名前から調べていくと、これがなかなか面白かった。

 その中で一際目を引く花言葉があった。


「これだ……」


 ブランド名は決まった。

 それは俺にとって、唯一無二の言葉だった。



 そして決戦当日。

 女子高生二人の前に一枚の紙を差し出す。


「ブランド名は“ichigo”。どうだ?」


 二人はそれに視線を向ける。

 さて、どういう反応をするだろう。


「すてきな名前ね。インスピレーションが湧いてくるわ」


 早いな六代目。もうスケッチブックに書き始めてる。

 隣の奴が反対するかもって思わないんだろうか。


 こいつにとっては自分の名前だ。反対してくる可能性は極めて高い。

 だがいつまでもやられっぱなしの俺じゃない。


 こちとら寝ずに対策したんだ。

 どんな反対意見でも打ち返してやる。

 さぁ、来い!勝負だ!


「本当にこの名前でいいんですね?」

「あぁ。漢に二言はない」

「ならこれで」


 えっ、それだけ?そんなあっさり?

 なんかこう議論を戦わせて、なんやかんやこれしかない的な決まり方じゃなくて?


「本当にいいのか?」

「違うんですか?」

「いやそうだけど、でも「これなのか違うのかどっち!?」


 こっ、こわっ!

 ブチギレてる。顔が真っ赤だ。


「デザインできたよ」


 君は全然空気を読まないね。

 今それどころじゃなくない?

 君の友達、赤鬼みたいになってるけど。


「いいね」


 元に戻った。切り替え早い。


「どう?お気に召してくれた?」


 渡されたスケッチブックを見る。

 

「さすがだ。文句のつけようがない」

「フフッ、うれしい」


 これで全ての準備が整った。

 あとはその日を待つばかり。



 仕事前、オーナーにシフトを減らすことを伝えると、


「頑張ってくださいね。応援してます」


 嫌な顔一つせず快諾してくれた。

 お礼とお詫びに完成したばかりのクッキー缶を渡す。

 オーナーは「ずっと食べてみたかった」と嬉しそうに笑って受け取ってくれた。


 お客様達もこうして笑ってくれたらと思う。


 ちなみに桐嶋君にも渡した。


「おぉぉ!本物だ!!ありがとうございます!」


 目がキラキラ輝くことってあるんだな。

 相変わらず良い反応をしてくれる。


 あれから桐嶋君とは何度か会っているが、お互いそれを話題にすることはなかった。


 気にならないと言えば嘘だが、二人のことは静かに見守ろうと決めていた。


「シフト減らすことにしたよ」


 何も言わないのも変なので一応報告しておく。

 

「オーナーから聞きました。忙しくなりそうっスもんね」

「ありがたいことにね」

「ちなみに俺は今月限りで辞めます」

「えっ!?」


 ビックリしすぎてデカい声が出た。

 客がいなくてよかった。


「ちょっと忙しくなりそうなんスよね」

「YouTube関連で?」

「そんな感じです」


 詳しいことは話さない。

 まだ決まってないのか、それとも知られたくないのか。

 

「クッキーを渡せなくなるのは残念だ」

「あっ、それは大丈夫っス。定期購入プランに入ったんで」

「メッセージも直筆にするよ」

「マジっスか!ヤバッ!家宝にします!」


 もうすぐこうして笑い合うことも無くなるのか。

 あっ、でもあいつの彼氏だったな。

 どこかのタイミングで会うかもしれない。

 その日を楽しみに待っていよう。



 数日後、全ての準備が整った。

 3日後の通常販売に先駆けて、定期購入者用のクッキー缶を配送した。


 すると翌日にはSNSで拡散されまくり、なんとTwitterで【#元極道のクッキー缶】がトレンド入りした。


 あっちこっちで話題にされているのを見て、あいつはほくそ笑んでいた。


  

 そして通常販売開始当日。


 俺は緊張しながらノートパソコンの前に座る。

 あいつはゆったり珈琲を飲んでいる。

 

 開始時間まで残り10秒。


 ––10秒前。

 ついにこの時が来た。


 ––5秒前。

 ここまで長かった。


 ––3秒前。

 頼むぞ!


 ––1秒前。

 頼むっ!



 0––。

 【SOLDOUT】

 売り切れた。


 1秒もかかってない。


「おめでとうございます。よかったですね。即完売です」


 背後からパチパチパチと乾いた音がする。


「腕がもげようが千切れようが、頑張って焼いて下さいね」


 とっても嬉しいことなのに、背筋が寒くなった。


 俺はこれからクッキーを何枚焼くことになるんだろう。


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