第15話:ムショ帰りの極道、名付けに頭を悩ます

 販売準備は大詰めを迎えていた。

 必要な許可や手続きは全て完了し、あとは販売開始するだけ。


 商品はクッキー缶のみ。

 S・M・Lサイズを用意して、数量限定で週一回受注販売する。

 クッキーは6種類。

 種類を決める時もSNSでフォロワーにアンケートを取った。


 生配信で発表した時、

[即完売しそう][プレミアつきそう][転売されそう]

 というコメントが多かった。

 

 それを見たあいつが、予定になかった定期購入プランをつくって先行販売したところ、枠は秒で埋まった。


「お客様の名前とあんたのサインは直筆ね」


 特典として俺からの手書きメッセージを付けたらしい。(さすがに文章はコピーだ)

 事前相談はなかった。いつものことだから気にしない。

 

 一方で俺はひたすらクッキーの最終調整をしていた。


「どうだ?」


 こいつの判定もこれが最後。

 合格がもらえれば完成だ。


 ちなみに現在生配信中。

 フォロワーと一緒に結果を待つ。


 コメント欄は

 [こっちまで緊張してきた][辛口コメントくるか?][合格出してあげて!]

 と大盛り上がり。

 俺も口から心臓が飛び出そうなぐらい緊張している。


 固唾を飲んで口が開くのを待つ。


 あっ、少し開いた。

 どっちだ?どっちなんだ?


「合格です」

「っしゃぁぁぁぁ!!」


 高らかに拳を突き上げたぁ!五月雨選手!悲願の金メダル!!

 もしこれがオリンピックだったら絶対こんな実況されてる。


 長かった……ここまで本当に長かった…よくやった……よくやったよ、俺。


「ところで、ブランド名は?」


 そうでした。一番大事なそれがまだでした。



 クッキー缶のデザインはほぼ完成している。美的センスがない俺が見ても素晴らしい出来栄えだ。

 あとは、そこに刻印するブランドの名前とロゴだけ。


「なにそれダサい」

「うーん、ピンとこない」

「真面目に考えてる?センス無さすぎ」

「トキメキとキラメキが全然ない」


 考えた名前を女子高生二人に否定され続け、元々折れているプライドは塵となって霧散した。


「自分が大切にしているものの中から選んでみたら?」


 そしたら君の祖父さんの名前になるけど?

 五代目空木、意外といいかもしれないな。



「今月中には決めてください」


 そう言われたのが2週間前。

 月末まであと2週間ちょっと。


「ブランド名は、まだ、です」


 マリアナ海溝より深いため息を吐かれた。


「今月中、絶対、破れば死刑」

「……はい。頑張ります」

 

 と言ったところで、頑張って出るもんでもない。便秘といっしょだ。


 名前なんて考えたことない。

 ペットも飼ったことないし、子どもだって、知らない間に名前がついていた。


 そういえば、あいつの名前ってなんだっけ。

 名前を呼んだことはないし、頭の中でも「こいつあいつそいつ」としか呼んでない。


「五月雨さんって、苺ちゃんのお父さんだったんですね」


 そうだ、そんな名前だった。

 まさか桐嶋君から聞くとは。


「隠してたわけじゃないけど、誰から聞いた?」

「苺ちゃん、あっ、娘さんからです」

「名前で呼んでくれて大丈夫だよ」


 むしろ呼んでくれ。忘れそうだから。


「娘と会う機会があったんだ」

「数日前にシフトがいっしょでした」


 そういえばオーナーが桐嶋君に「人が足りないから」ってお願いしていたな。


 あいつも言ってくれれば、いや、雑談する仲じゃないから言うわけないか。


「それでよく俺の娘だって分かったね」

「五月雨さんのクッキーを食べてたので!」


 わざとだな。絶対わざとだ。


 販売前のクッキーを食べている女子高生、つまりは娘。

 この方程式に桐嶋君が気づくと分かった上で食べたな。

 

 一体何が目的だ、あの策士は。


「聞いてるかもですが、明後日の夜、一緒にご飯食べに行ってきます」


 聞いてない。聞いてないぞ、そんなこと。


 夜ご飯を?一緒に?食べる?


 なにそれ。デートじゃん。

 間違いなくデートじゃん。


「そうだ!門限って何時ですか?お家まで送り届けた方がいいっスか?それとも迎えに来られますか?」


 変に沈黙しちまったから、ものすごく気を遣ってくれてる。


「俺もその日シフト入ってるので、20時とかには解散すると思います」


 いい子すぎる。あいつには勿体ない。代わりに俺がデートしたい。


「気を遣ってくれてありがとう。一応、店の名前だけ教えてもらってもいい?」


 バカか!聞いてどうする!

 本当に代わりに行くつもりか!


「もちろんっス!」


 店の名前だけじゃなくて、住所と行き方も書いてくれてる。

 なんて律儀で優しくて思いやりのある子なんだ。

 傍若無人と傲岸不遜を絵に描いたようなあいつとは全然違う。


 こんないい子の前で、あいつは猫を何匹被るんだろう。

 100匹でも足りない気がする。


 当日は二人きりで大丈夫なんだろうか……。


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