第19話:ムショ帰りの極道、桜の下で桔梗を贈る

 帰ってきたのか?いやまさか。

 一度決めたことを覆す奴じゃない。

 じゃあ一体誰が。


「オイッ!いんだろ!開けろゴラァッ!」


 このゴリラみたいな声とヤクザみたいな喋り方はあの人しかいない。


「山尾先生、近所迷惑ですから大声出さないでください」


 ドアを開けると、卯ノ花組の顧問弁護士だった山尾やまお たまき 先生が仁王立ちしていた。


「さっさと開けねぇテメェが悪りぃ。邪魔すんぞ」


 家主の許可を得ずにズカズカと上がり込む。

 やっぱりこの人が弁護士だっていうのは嘘だと思う。


「単刀直入に聞く。俺の力は必要か?」

「いや、それより何しに「質問してるのはこっちだドアホ。さっさと答えねぇか」


 理不尽すぎる。なにこの傍若無人さ。

 誰かを思い出す。


 先生の力といったら隠蔽工作、いやいや、もちろん法律で、事業をしていく上では絶対に必要だ。


「お力添えいただけると嬉しいです」

「よしっ、決まりだな。書類は郵送するから押印して返送しろ。じゃあな」

「待て待て待て待て!ちょっと待てぇ!!」

「袖を掴むんじゃねぇボケェ!このスーツいくらすると思ってんだ!」

「グハッ!」


 鳩尾殴るのはダメだろ!いつか傷害罪か暴行罪で訴えてやる!揉み消されそうだけど。


「あの、ご用件はそれだけですか?」

「そうだ」

「そもそも何でこの話をしに来たんですか?」


 いきなり来て家の前で喚いて勝手に入って恐喝して殴って、こんなのヤクザの取り立てと同じだ。弁護士のすることじゃねぇよ。


 だがこの人は、裏の世界では超有名な凄腕弁護士だ。

 ドンパチしていても山尾 環の名を出せば、全員銃を下ろす。


 そんな人がこんなふざけたことで来るとは思えない。

 俺の知らないところで、何か重大なことが起きているのかもしれない。


 先生の答えをドキドキしながら待つ。


「六代目に頼まれたんだよ。お前に力を貸してやれって」


 はっ?六代目?

 六代目ってあの子のことだよな。

 えっ、なんで?てかどういう関係?


「えーっと、2つ質問いいですか?」

「2つだけな」

「ありがとうございます。えっと、六代目とはどういう関係で?」

「未成年後見人だよ。あと会社の顧問弁護士」


 親父が死んだ後、あの子は天涯孤独になったのか。

 馴染みの弁護士が後見人なら誰も反対しなかっただろうな。できなかった可能性も高いけど。


「もう一つ。どうして六代目は先生にそんな依頼をしたんですか?」


 今のあの子にとって、俺は依頼主または友達の父親でしかない。


 それなのに、まさか……。


「友達に頭下げられたんだとよ。父親をよろしく頼むって」


 やっぱりそうか。

 あいつの仕業だったんだな。


「まぁ、そう言うことだ。それじゃあな」


 用は済んだとばかりに先生は帰っていった。

 

 久しぶりに会ったが何も変わっていない。

 年取って落ち着くどころか凶悪さが増している。

 あんなのが後見人で怖くないんだろうか。

 あぁでも、あの子は世間と感覚ズレてるから、意外と可愛いと思ってたりして。


 法外な顧問料を払わさせそうだが、最強の後ろ盾であることは間違いない。


 あの子の事情を知るあいつは、こうなることまで予想していたんだろうか。




 あれから少し経ち、桜は満開になった。


「平日なのに花見客が多いな」

「ワタシ達もその中の一組ですけど」

「違いない」


 先生が帰った後、あせびに連絡をした。


 電話で話そうとしたが直接会いたいと言われ、花見がしたいと乞われ、桜並木で有名な公園に来ることになった。


 適当なベンチに腰を下ろし、買ったばかりの缶ビールを開ける。


「ウチも山尾先生にお願いしてます」

「ふっかけられてないか?」

「良心的な価格ですよ」

「その倍額を請求されそうだ」


 あの人は女にめっぽう弱い。

 どんな悪人でも女ってだけで守る対象にしてしまう。

 顔と言動に似合わず紳士だからクソモテる。ホステスを全部取られたこともある。

 男としてかなりムカつく人だ。


「あの先生を動かすなんて、今どきの女子高生って怖いですね」


 あせびは屋台で買った焼き鳥を頬張り、ビールを喉に流し込む。


 ギャップがすごい。

 異様な光景に他の花見客も釘付けだ。

 だがそんな視線を気にすることなく、口でスッスッと串から鶏肉を外していく。

 食べ方が綺麗で、同じ物を食べているとは思えない。


「そんなに見つめられると恥ずかしい」

「すっ、すまん!」


 慌てて視線を桜に向ける。

 ハラハラ散っていく様は美しい。


「娘さんがいなくても大丈夫ですか?」

「あぁ、何も問題ない」

「よかった」


 このまま時が経てば忘れてしまいそうなぐらい、あいつが抜けた穴は完璧に塞がれていた。


「ねぇ、桔梗さん。約束、覚えてます?」

「覚えてる」


 それを言うために呼んだんだ。



「イチゴの花言葉って知ってるか?」

「……いいえ」

「“尊重と愛情”」


 美しい花言葉だと思った。


「ブランドの名前には、イチゴの花言葉と一期の意味を込めた」


 一生に一度しかないような出会いだった。


「今度は、あいつの名前を背負って生きていく」



 いらないと思うけど、お前に俺の名前を送るよ。


 桔梗の花言葉もいいんだぜ。


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