第二章
第20話:クッキー屋の社長、過去に邪魔される
クッキー缶の販売を始めてあれから数年。
商品数も従業員数も増え、会社の規模は大きくなった。
あいかわらず店舗は持っていないが、自社ECサイトでの通販事業は拡大し続けている。
年商も億を超えてきた。
ここらで一勝負かけるために百貨店と銀行へ直談判しに行った。
「申し訳ございませんが、ご経歴の関係で常設店舗は難しいかと」
「融資はできません。一度ご自身のご経歴を確認してみては」
やっぱり経歴がネックか。
分かってはいたが、ツライ。
知名度とブランド力を上げるために百貨店で常設店舗を持ちたかったし、自社工場をつくるために銀行から融資を得たかった。
「桐嶋君、どうしよう。生まれるところからやり直すべき?」
「経歴リセットするなら、それがいいですけどね」
あっ、止めてくれないんだ。ひどい。
超人気YouTuberを引退した桐嶋君は広告代理店を立ち上げ、“ichigo"のプロモーションや広告制作などを担ってくれている。
今や大事な相棒だ。
「でも桔梗さんに死なれたら困るので、別の方法にしましょう」
最近オレの扱いが雑になってきてる。
もっと優しくしてほしい。傷つきやすいんだから。
「今までは桔梗さんの経歴やキャラで集客してきましたよね」
それがあいつ、苺の戦略だった。
そのおかげで今の成果がある。
「でも今はそれがネックになってる」
「おっしゃる通り」
「じゃあどうするか」
おぉ!なんかプレゼンっぽいぞ!
ワクワクしてきた!
「ブランドイメージから桔梗さんを消してしまいましょう!」
えっ?社長解任?追放?
一瞬ビビったけど、そうじゃなかった。
桐嶋君は「テレビCMを打ちましょう」と提案してくれた。
これまではオレの認知度を上げてきた結果、SNS上では五月雨桔梗と“ichigo"がセットで認知されている。
でもこれからは“ichigo"だけを認知してもらいたいから、SNS時代にあえてテレビCMを打つ。
たくさんメディア取材を受けてきたが、今だにテレビの影響力は絶大だ。
テレビで取り上げられた後の注文数は、他の媒体よりも10倍は多い。
「芸術性の高いCMで、ブランドの格を上げます。必ず百貨店も銀行も頷かせてみせますよ!」
桐嶋君の力強い言葉に背中を押してもらった。
絶対に“ichigo"を大きくする。
どこかに消えた、あいつへ届くように。
深夜を超えて自宅に戻る。
さすがにもう、あのアパートから引っ越した。
今はちょっとお高めのマンションに住んでいる。
もっと安くてもよかったけど、会社都合でここになった。
窓からは東京が一望できる。
見下ろせばまだ街は明るくて、豆粒ぐらいの人や車が忙しなく行き交っている。
タワマンほどじゃないけど、でも高所恐怖症は絶対住めない高さ。
快適は快適だけど、昔のボロいアパートの方が好きだ。
一人暮らしに戻ってから数年は経つ。
あいつと住んでいた時も、一人暮らしみたいなもんだったから寂しさはない。
ただ、不安は消えない。
毎日「これでいいのか?」「あれでよかったのか?」「もっとこうすればよかった」を繰り返し、何度も「あいつがいれば」「あいつならどうしただろう」と考える。
あいつが聞いたら「あんた社長でしょ?そんなんで会社大丈夫?誰かに譲ったら?」って絶対言う。これは間違いない。
でも、不安なんだ。怖いんだ。
自分の決断一つで、会社が傾く可能性だって十分ある。
一人で気楽に、ケツは叩かれまくったけど、クッキー焼いてた時と違って、今は数十名の従業員を雇っている。
彼らのためにもミスの一つも許されない。
毎日その恐怖と戦いながら、細いロープの上を綱渡している気持ちで生きてる。
相談できる人がいないわけじゃない。
桐嶋君、山尾先生、あせび、江里花には何かある度に相談して、的確なアドバイスをもらってる。
あいつが抜けた穴はみんなが埋めてくれた。
でもそれを手配したのはあいつだ。
やっぱりスゴイ奴だった。
あいつが「いいんじゃない?」と言うだけで、不安も恐怖も全部消える。
その一言がほしくてたまらない。
いない人間のことを考えても無駄だけど、考えてしまうぐらい落ち込んでいる。
俺は所詮、どこまでいっても刑務所帰りの元極道だ。
この事実は絶対に変わらないし、消えない。
これがあったからここまで成功したけど、今は邪魔でしょうがない。
桐嶋君の案に不満があるわけじゃない。あれが最善だと俺も思う。
だけどやっぱり考える。
苺なら?
……やめよう。
虚しいだけだ。
桐嶋君にも失礼すぎる。
心の支えにはするけど、救いを求めるは違う。
弱音を吐くのはこれで最後。
あいつを思い出すのもこれで終わり。
さぁ、切り替えていこう。
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