第21話:クッキー屋の社長、CMを全力でつくる
CMの主演は、ブランドコンセプトに合わせて、プライベートで悲しい経験をしている30代の女優を起用した。
知名度も抜群にある方で、その悲しいプライベートは多くの人が知っている。
撮影前に挨拶させてもらったが、こんなに美しい人が現実にいるのかと驚いた。
美人は画面越しに見るぐらいがちょうどいい。輝きすぎてて、直視すると目が潰れる。
「私も子どもたちも“ichigo"のクッキーが大好きで、五月雨社長のファンなんです。今日の撮影も精一杯やらせていただきます」
人柄まで良いとか。
一生推していこう。
撮影は順調に進み、素晴らしい映像が出来上がった。
これを編集してプロモーションビデオ、テレビCM、ウェブCMを制作する。
今日は桐嶋君の会社に、パッケージデザインを担当してくれている江里花を招いて映像を確認してもらった。
「すてきね。いいものができそう」
パッケージと映像のテイストが合っていないと、実物を見た時に違和感を覚えてしまう。
売上にも直結することなので、この確認作業は重要な工程だった。
「江里花さんのお墨付きがもらえたので、これから編集に入ります」
「よろしく頼む」
社運をかけた、このプロジェクトの成功は桐嶋君にかかっている。
やってくれる子だ。何も心配いらない。
「フフッ。良きパートナーって感じ」
江里花ワールドが始まった。
昔よりは不思議ちゃんキャラを抑えているが、身内だけの場ではたまに出てくる。
「でも売れっ子さんを独占するなんて、桔梗さんも悪い人」
指摘されてハッとした。
桐嶋君は元々有名だったけど、ここ数年で広告やデザイン業界でも有名人になった。手がけてくれた“ichigo"の広告で賞も受賞している。
今や大企業からも引っ張りだこの桐嶋君に、頼りっぱなしでいいんだろうか。
「やだなぁ、江里花さん。独占してるのはオレの方っスよ」
「あら、そうだったの」
「五月雨さんとの仕事が好きなんス。だから他に取られたくない。それに、苺ちゃんから頭下げられたんスよ?全力を注いで同然です」
桐嶋君……。
そんなふうに思ってくれたのか。
ありがたいことだ。
「愛ね。熱烈な愛だわ。良かったね、桔梗さん。愛されてて」
「愛って、お前、」
「過去を否定する人ばかりじゃないってことよ」
これは、慰められたのか?
百貨店と銀行からフラれたことを。
言いたいことを言って満足したのか、江里花は帰っていった。
オレも少しだけ桐嶋君と打ち合わせをして会社に戻った。
会社を大きくするために、ブランドを広めるために、社長としてやるべきことは山ほどある。
とくに苦手なのは書類仕事だ。ずいぶん減らしたが、まだ無くならない。絶対これは0にする。
意外と得意なのはマネジメント。
そんな立派なものじゃなかったが、ヤクザ時代はそれなりに多くの部下を束ねてた。その経験が社長業にも活かせている。
良いことばかりじゃないが、悪いことばかりでもない。
過去があっての今だ。
「社長。今よろしいですか?」
「あぁ、もちろん」
思考を切り替える。
今できることを精一杯やるだけだ。
数か月経って、プロモーションビデオとCMが完成した。
『見ましたよ、桔梗さん。これはACC賞狙えますね』
CMを見たあせびが連絡をくれた。
ACC賞とは、CMや映像作品の制作者なら誰もが目標とする、映像作品界最高峰の賞。
もし桐嶋君が受賞すれば、会社の規模や年齢を考えても前代未聞の出来事で、一躍業界のトップスターに上り詰めるだろう。
『ブランドにも箔が付きますね』
「そうするために作ったからな」
桐嶋君の実績になるのもうれしいが、目的はそれじゃない。
“ichigo"というブランドを世間に認めさせるためのCMだ。
『必ず結果はついてきますよ。あなたがすることに間違いはないんですから』
その言葉どおり、結果はすぐに出た。
各メディアやSNSでCMが話題に取り上げられ、“ichigo"を知らない層への認知が急速に拡大した。
おかげでオンラインショップは全商品売切れ。
全国から期間限定ショップ出店の誘いが爆増した。
この機は絶対に逃さない。
ここで一気に浸透させる。
「社長、例の百貨店からお電話です」
経歴で断られたところだな。
電話を代わって用件を聞く。
「バレンタインフェアへの出店?」
用件は来年のバレンタインフェアへの出店依頼だった。
この百貨店は、世界最大級のバレンタインフェアを毎年開催している。
売上高20億円以上で、ここに出店することがお菓子メーカーの目標だ。
さらに百貨店側は、“ichigo"をフェアの目玉として猛プッシュすると約束してくれた。
ここまでされたら断る理由なんてない。
「分かりました。やりましょう」
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