第28話思い合って、二人(1)
スマートフォンを眺めて何分経っただろう。榊原さんへどう連絡をすれば良いのか、聡子のように急に前触れもなくメッセージを渡して、彼女は返事をしてくれるだろうか、ぐるぐると頭を巡る悩みに気持ち悪さと吐き気が身体を襲っていた。
散々考えた結果、あいつのコミュニケーションがそれを許したんだ、俺如きじゃきっと難しい、それに至った。
何故なら、今までの会話を思い出しても、彼女の面と向かって話ができたかと聞かれたら、なんと返答を返せば良いのか悩むから。
俺のコミュニケーション能力はそんなに優秀じゃない。極道に必要なのは交渉力と説得力と理論力。コミュニケーションは習わなかった。ましてや憧憬さえ抱いてる女性を、愛だの恋だのと関係なく口説く力さえ学びはしなかった。
電話はできただろうと内なる自分が問いかけるが、それとこれとは別なのだ。あの時は、そう言うのではなかった。彼女が少しだけ、泣きそうだったから。涙を流していそうだったから。悲しそうだったから、辛そうだったから。
そんな時に、気恥ずかしさなんてものを抱いたって意味はない。住む世界が違えど、彼女と俺の在るべき場所が違えど、彼女に平穏で生きていてほしいと願うのは、罪ではないだろう。
スマートフォンの左上にある時刻は、ついに夜中の1時を示した。こんな時間に連絡するのは非常識だな、流石に。
「…ふぅ…」
息を吐いて、それを机の上に置く。何もない殺風景な部屋には、暇さえあれば描いた絵達が広がっている。床に散らばせた紙に、壁に貼った紙に、趣味で集めた画集達。整理整頓が嫌いなわけではなかったが、散らばっている方がなんとなく、自分の空間と感じられるからあえてこのままにしていた。
以前藍千賀が片付けてしまったときは、どうしただろう。ブチギレてあいつの腰を蹴り飛ばした気がする。流石に大人気なかったな、今同じことをしてもそこまではきれないだろう、おそらくだが。
もう一度、息を吐く。キャスター付きの椅子を一回転させて、また机に向き直った。癖だった、くるりと回せば何かが変わるとでも言うかのように、特に変わりもしないこの部屋で、俺は何度目かのため息を吐く。
「…はぁ」
もういいか、彼女と作る同人誌について今は考えよう。サークル名やらなんやら宿題だと渡されていたそれについて、考えよう。
もうこの際なんだっていい、聡子へ抱く嫉妬とか、何故女性と女性の友情関係に抱かなければいけないのかとか、普通の人間がきっと普通にスルーできるだろうこの気持ちに、折り合いをつけるほどの余裕はなかった。
自分だけが知っている人を、取られた感覚に近い。昔、絵はやめろと言われたあの時のような、オモチャと現すのは流石に失礼過ぎるが、それを取り上げられたようなそんな気分だった。
あの人は、俺だけが知っている人だったはずなのに。
例え聡子だろうと女だろうと、俺以外の誰かの影を感じてしまうのは、嫌だった。
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