第27話ナス、ヤキモチをやく


「最近ね〜友達できたんですよ〜」


 見てください、この人です。聡子に言われて見せられたスマホの画面には、俺のよく知っている名前が書かれてあった。


 見えているつぶやきの画面も、知っている内容がつらつらと。何故、ここで、彼女のアカウントを見せられているんだ、俺は。


「この前、たまたまレストランで相席になったら七恋のオタクで〜思わず声かけちゃったんですよ〜私BLはよくわかんない夢女だけど〜解釈が同じですっごく楽しくて!」


 そりゃそうだ、何故ならその人は俺の神である榊原さんだろう。


 いつものように担当している店へ向かった。向かう前に一目見た榊原さんの姿を思い出して、まだまだ終わることのないヤクザの仕事に一息つこうと、オーナーが部屋を出た後のことだった。


 これが終われば次は事務所で書類を片付けて、藍千賀に家まで送らせよう、そこまで考えている俺に話しかけたのは、うちのナンバーワンの聡子、いやリリアだ。


 彼女は笑いながら俺にそのスマホを見せびらかした。自慢気なのは、こいつのフォロワー数が1.5万人だからか。うざったいやつだと思った。


「…その人がなんだ?」

「あ、見方わかります?これハンドルネーム。蜜柑って書いてるけど、本名は違うんです」


 聡子が指をさし示したのはアカウントの丸い画像と、名前だった。いや、知っとるわ。本名は榊原杏奈さん、職業はwebデザイナーおそらく俺より年下で、礼儀の正しい素敵な女性のことだろう。いや、神だろう。


「この人の令Rっていうんですかね、カップリングの小説めっちゃ良いですよ、おすすめ!那須川さん活字とか読めます?」

「お前より読む回数は多いに決まってるだろ」

「キャハッ!たしかに〜お頭ですもんねー!」


 お頭ではない、との突っ込みは気力がなさすぎて不可能だった。聡子はどうやら機嫌が良いのか、笑顔を絶やさない。今から仕事だろ、頬が引き攣ったらどうするつもりだ、この女は。


 ため息を吐きたくなるのをなんとか堪えた。あーだこーだと頭の中で文句は言ったが、結局は、そんなものただの現実逃避。なぜ彼女があの人と繋がっているのか、それを教えてもらわなければきっと、このざわつきを抑えることは難しい。


 なぜ、どこで、どうして、どうやって。


 それは先程聡子が話していたが、納得はできない。何故ならその、榊原さんのフォロワーの中には俺のアカウントも入っているのだから。


 気が気じゃないに決まっているのだ。いつこいつにバレるかわからない。オタクは怖いだろう自分もオタクだからこそ分かるのかもしれないが。彼女のフォロワー数は俺よりも明らかに多い、だとしたら、バレることはそうそうないかとも思うけれど、あぁそれでもやっぱり恐ろしい。ばれたとき、こいつのアホらしい笑顔で自分の描いた絵に触れられたら、俺はこの店を手放すだろう。


 聡子は笑いながらスマホを握りしめて、膝掛けを肩から外してイスの背もたれへかけた。立ち上がると、目線が近くなる。綺麗に巻かれた髪の毛に、うまく上げているまつ毛に寄せられた胸の谷間もよく見える。


 自信満々のそのプロポーションを見せびらかすように露出されたドレスは、きっと男どもの目の保養なのだろう。


 他の嬢達には視線も寄越さず、彼女はニヤリと笑って俺を見上げた。腕を組んで寄せられた胸は惜しげもなく真っ白で、添えられているネックレスまでもが蛍光灯に反射して白かった。


 聡子は俺の目を見つめる。長く切り添えられた指先を赤い唇へ置いて、誘惑するかのように上げられた口角に、文字通り吸い寄せられた。


 ネクタイを引っ張られたからだ。


「多分この人、同業者です」

「……は?」


 近づいてわざわざ言うことか、そしてそれは不正解だ。


「絶対同業!じゃないとあんなに楽しくない!話合うわけない!ねぇ〜このお店にスカウトしたいのぉ〜那須川さん〜キャバ嬢自身がスカウトしてもいい〜?」


 クネクネと腰を揺らして、客を相手にするときのような甘えた声で言う聡子に、ため息を吐いた。言う事に欠いてそれか、人のことは言えないがこいつは友達と呼べる奴が少ないからそう思うんだろう。


 言っておくがあの人は極道の俺とでさえ話が合う。それはきっと、今まで通って来たジャンルが一緒だからだ、つまり。


 オタクなんだ、話が合うのも楽しいのも当たり前だ。


「……ダメに決まってるだろ、馬鹿か」

「え〜……ショックー」


 聡子の手から無理やりネクタイを取って、距離を置いた。油断も隙もないやつだ。遠くで見ていた藍千賀が、俺へ視線を投げる。オーナーの準備が終わったらしい。やっと終わったか。何故いつも、この店に来るたびにこのナンバーワンキャバ嬢と話をしなければいけないのか。


 聡子の顔を見下ろして、「おい」と声をかけようとすれば、聡子はすっかり俺に興味が失せたのか榊原さんとやりとりをしていた。見覚えのあるアカウントの画像が目に入ったから分かったが、それは個人の、プライベートな方での!!!!


 メッセージのやり取りじゃないか…?


 しかもタメ口だ、スタンプも連打しまくっている、おいおい彼女はまだ仕事中だろう、流石に煩いと思われるに違いないのに、榊原さんはすぐに返事を返していた。


 スタンプで、同じように連打しながら。



「……っ」



 ぐっ、と胸が痛くなった。


 咄嗟に押さえつけた左手は、心臓とは違う方を鷲掴みにする。


「那須川さん、どったの」


 突然の俺の行動に驚いたのか、聡子が目を見開いて俺を見上げた。スマホはロックされて真っ黒だ。何を話していたのか、何でそんなに、彼女とならタメ口で沢山どうでもいいだろうやりとりもしてしまうのか。


 俺が急にスタンプなんか送ったら、彼女も聡子にするように返してくれるのだろうか。


「…いや、なんでもない…」

「そう…?冷や汗やばいよ」


 聡子の言葉に軽く首を振って、問題ないと答えた。問題ないっちゃ問題ないが、この胸の痛みはどうしたらいい。この痛みがなんなのか、尊いやら愛おしいやら推しへ貢ぎたいこの愛については教えてくれた聡子も、流石に教えてはくれなかった。



 この胸の痛みが、ヤキモチだと。



 彼女の小説を読みながら、その日の夜に言葉を覚えた。

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