第17話聡子に愛を(2)



藍千賀さんと那須川さんを見ると、ものすごく渦巻く、とある感情があった。愛でたいと言うか、何と言うか、そんな感情だ。


美男子というのは見ていて目の保養だろう、勿論綺麗な女性も目の保養になるだろう、だから多分それだ。

なんなら化粧をしてドレスを着た自分を見るのも、目の保養だ。



私は自分が大好きだ。自分の顔が大好きだ。他の人みたいにいじってない天然物のこの顔が大好きだ。


鏡に映る顔をうっとりとしながら見つめて頬を触る。化粧が上手くなった。肌の調子も良くなってきた。歳をとってもシワは出ないし、いつだって綺麗なままの自分の顔を見つめるのが、好きだった。


あそこを歩いてる人も、そこに座ってる人も、どこの女の子ももっと磨けば可愛くなるのに。きっとあの子に似合う化粧はそれじゃない。あの子に似合う口紅の色は赤じゃない。そんな目で周りの人を観察するのが好きだった。


レストランの席、一人で座って水を飲んでいた。周りの人間観察や店員の動きをじっくり見てしまうのは、きっと職業柄のせい。人と接する機会が多すぎると、どうしたって勝手に頭が錯覚するのだ。


はぁ、ため息を吐く。スマホに映ってるコスプレイヤーの写真を眺めながら、自分のハマってる作品の漫画をスマホに浮かべて、眼鏡をかけた。


今は違う。今はキャバ嬢のリリアではない。私はただのしがないオタク、高崎聡子だ。



「お客様、申し訳ありません…」

「はい?」


自分の世界に入り込もうとしていた時だった。店員に声をかけられて、チラリと顔を見上げる。そこにいたのは申し訳なさそうな顔をした女性の店員と、同じく申し訳なさそうな顔をした女の人が一人。


「ただいま店内、大変混み合っておりまして。相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」


そんな事を言われて断れるわけもないので、どうぞと一言告げた。安心したようにホッと息を吐いたその人が、私の斜め向かいの席に座る。「ありがとうございます」囁くそうにそう言って頭を下げた礼儀正しいその人に、同じように頭を下げた。


変な人じゃないなら良いや。一人の世界に入り浸りたかったけれどまぁ仕方ない、彼女も同じように自分の世界に入るためか、店員に注文をしたあと、イヤホンを耳につけた。


ここら辺で働いてる人なのか、首にぶら下がってる社員証のようなストラップが赤色なのを見て、肌の白いこの人には合ってないなと思った。アクセサリーでないとはわかっているけれど。


あぁいけない。何でもかんでも評価をつけるのはよろしくない。首を横に振って雑念を振り払い、自分のスマホを覗こうとしたその時だった。


その人がテーブルの上に置いたスマホのケースに、目がいってしまった。裏側に挟み込んでるクリアカードがある。店の光に反射して光ってるそれが、キラキラと私に主張している。



それ、それって…私が愛してやまない七回目の恋通称七恋、だけど私は邪道とも呼ばれてる「セブラバ」で呼んでますけど、その、そのキャラクターじゃない!?



キラキラと光るクリアカード、描かれてるキャラクターは主人公の、令矢だ。何人の女を沼に落としたかわからない、あの、令矢だ。



めっっっっっっちゃわかる!わかる!わかりすぎる!私もリーンよりは令矢が好きです!!



叫びたくなる感情を必死に胸元を握る事で押さえ込んだ。彼女にバレてはいけない、こんな不審な動きをした人と相席になった事を嫌がられたくない。だって私もセブラバのオタクなんだもん。


あああああどうしよう話してぇ〜………話したくて仕方ねぇ〜………。


ナンバーワンキャバ嬢なんて、名前だけだ。仕事だから話してるだけ。仕事だから良い顔してるだけ。仕事だから笑顔で全部に相槌打って会話を広げてるだけ。


プライベートなんてこんなものだ。どうやって話しかけたらいいのか分からない。分からないけど、話したい。仲良くなりたい。オタクに共通するこの認識は、どうしようもない程の友達乞食。


じーっと見つめすぎただろうか。その人はシャツの胸ポケットに入れていた携帯をいじって、元に戻したあと私の方をチラリと見た。



んーーーー、顔は65点ぐらい。


疲れで出てるクマが隠しきれてないし、薄めのメイクは薄すぎてほぼシャドウの色は落ちてる。私が化粧してあげたい、いや待ってそんな感情をとにかく捨てて、私は自分のスマホを持ち上げた。


スマホのケースについてるストラップを見てもらうため。無言でそれをジャラジャラと振った。


アクリルでできたデフォルメされたキャラクター。それはリーンでも、令矢でもない。セルラバを語る上で欠かせない令矢とリーンの仲を壊そうとする、トレビン博士という列記とした主要人物だった。


見て、見て。私も好きなんですその作品、見て。無言の圧力で振り続ける。


その人は目を開いて、スマホを持ち上げた。既に見えていた令矢のクリアカードを見せるように顔の前にあげて、笑顔を見せてくれた。

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