第18話聡子に愛を(3)



「えーーやばいやばい!お姉さんも令矢推しなの!?」

「うん、聡子ちゃんはトレイン博士?結構闇深いところ行くんだね…」

「もうあのサイコパスな目が最高に好き」


お姉さんの名前は、榊原杏奈さんというらしい。あのスマホを見せ合う行為で一気に仲良くなった私たちは、気づいたら向かい合わせになりながらご飯を食べていた。私はドリアセット、お姉さんはハンバーグ定食だ。よくそんなに多く食べられるなと見つめてしまったが、なんとも美味しそうに食べるのでどうでもよかった。


お姉さんはとても気さくな人だった。7つも上なのに、ついタメ口で話してしまう私に、ニコニコのまま会話をしてくれる。優しい人だなと思った。それが何だか、姉という存在を求めていた私にとっては、胸に広がる温かい何かを持ってるようで。


思わず、甘えそうになる自分に、自分が驚いていた。


「でも私も令矢大好きだよ!でも、令矢にはリーンがいるから、自分が恋できるのはトレインなの」

「あーすっごいわかるかもしれないそれ。令矢にはリーンだから、私も令矢単体というよりは令Rが好きなんだよね」

「カップリング推し?腐女子なの?私まだBLはわかんないんだよね〜」

「令Rで腐女子になったかなぁ私。商業BLとか面白いの一杯あるよ?」

「まじで?」


杏奈さんはとても話しやすい人だった。こんなに話しやすくていいのかわからないぐらい。初対面でこんなにオタクトークに花を咲かせるか普通?もしかしたらこの人もキャバ嬢かもしれないな。お昼はちゃんと会社に行って、夜はきっとネオン街の蝶なのだろう。


私とは違ってしっかり働いてしっかりとコミュニケーションもとってて、素敵だと思った。私も杏奈さんみたいに、屈託のない笑顔を見せたいものだ。


「ごめんね聡子ちゃん、私もうそろそろ会社戻る」

「そっか。じゃー連絡先交換しない?SNSでもいいよ!私コスプレイヤーしてるからさ!」


ずり落ちてくるメガネをいそいそとあげて、すっかり食べ終わったお皿を横にずらしながらスマホを取り出した。画面に写したのはSNS。私のアカウントが載っている。フォロワー数ざっと9千人。この美貌にグラマラスなボディーで似合わないキャラクターなんていないのだ。


自慢でも何でもないけれど、思い切り顔もバレてるこのアカウントなら、彼女も繋がってくれるかなと思って。アカウントのQRコードを見せる。杏奈さんは笑いながら、同じようにアカウントを見せてくれた。フォロワー数は千人ほど。『物書き』を、しているらしい。


「しがない物書きをしております」

「へぇー小説?私あんまり読んだことないや」

「あはは、二次創作だよただの。妄想を言葉にしてるだけ。繋がってくれてありがとう聡子ちゃん、写真あとでじっくり見るね!」

「私も私も!読むね!」


活字は苦手だけど。


それは心の中でつぶやいて、伝票を持ってレジに向かってく杏奈さんに手を振った。思いがけずゲットしてしまったオタク友達ににやにやと笑って、先程繋がったばかりの杏奈さんのアカウント。覗いてみた。


名前は蜜柑。本物の蜜柑の写真をアカウント画像にしてる何ともシュールなそのアカウントをながめれば、杏奈さんが書いたのだろう小説がいくつも出てきた。10いいね、50いいね。まばらではあるものの確実なある一定数のファンを獲得している所を見るに、杏奈さんも中々のセブラバ会の重鎮らしい。


仕事までまだ時間はある。活字は苦手だけど昔はケータイ小説とか読んでたし!そんな程度の気持ちで、なんとなく杏奈さんの小説を読んだのがいけなかった。


めくりめく、物語の世界。甘い話に切ない話。胸を鷲掴む心情描写にキャラクターたちの吐露は「まさしくそれだ」と言いたくなるものばかりで。解釈一致を具現化にしたものがそこにあった。


止まらない手、いいねをしまくる手、次の話に行きたいのに長い爪のせいで中々スマホの画面が動かない。


イライラして、鞄の中にあった爪切りで切ってしまった。


そんなのいくらでもどうとでもなる。今はただ、この限りある時間でどれだけの数を読めるか、それに尽きるのだ。頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。BLとかよくわからないし、なんて思ってた数分前の自分を殴りたい。


すぅ、と息を吸って。はぁ、と長く息を吐く。


「………尊い……」


手で顔を覆いながら俯いた。


思い出した、思い出してしまった。この気持ちだこれだ。私がなんで、那須川さんと藍千賀さんを見ていたらむずむずとよくわからない感情を抱くのか。


これだ、これなんだなきっと。


那須川×藍千賀の那藍が、私の中で今超絶ホットなワードだったのだと、杏奈さん、いや蜜柑さんの小説で、私は完璧に気付いてしまったのだ。

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