第19話モモニャンに藍を捧げる男(1)
新しくできたフォロワーさんがいる。先日、偶然相席になったレストランで知り合った美人な女の子。金髪が綺麗で、今まで周りにはいなかった派手目な子ではあったけど、話をすると意外にも彼女は気さくな人だった。
出会いがそもそも、スマホについてるアクキーと、スマホに入ってるクリアカードの見せびらかしなものだからおかしな話しではあるけれど。
彼女はコスプレイヤーをしているそうで。仕事があったから席を立つギリギリで繋がったアカウントは、以前までは9000人ほどだったフォロワー数が気づいたらもう1万人を優に超えていた。綺麗な顔に綺麗な写真、人気が出ない方がおかしいのだ。うんうんと頷きながら、彼女の写真にいいねを押す。
仕事帰りの日課は、SNSの確認だ。コメントの確認、反応の確認。最近はナスさんの進捗確認に、聡子ちゃん、活動の名前はリリアちゃんの写真の確認も増えてきた。オタク仲間はネットの中だけだと思っていたが、案外現実にもいるらしい。リアルも充実、ネットでも充実。
順調だ、そう思っていた。
「杏奈!」
今、この時。この男に手を握られる瞬間までは、そう思っていた。
「………大貴…」
仕事が終わったのが19時半。帰ろうとビルを出て、人の流れに沿いながら地下鉄まで向かっていた時だった。むわっとする暑い温度の中、くたびれた姿の男の人たちがスーツをパタパタと振る姿を眺めて、自分の額に流れる汗を手で拭おうとした。
そんな私の左手を握って、名前を呼んだその男を横目に見上げる。灰色のスーツに、黒のリュック。変わらない出勤スタイルのその男が、泣きそうな顔で私を見下ろしている。
「……なんでここにいるの?」
「…杏奈に、会いたかったから」
道のど真ん中で止まった私達二人を、すれ違いざまに睨む男の人。小さく頭を下げて、私たちは道の端に寄った。何も舌打ちまでしなくてもいいじゃないか、いつもなら睨み返したりなんてしないけれど、今回ばかりはささくれている。その後ろ姿を睨んでやろう、ごめんなさいどこかのサラリーマン。
大貴は、私の手を握ったままだった。汗ばんでいるそこから、じっとりと滲む気持ち悪いもの。あぁ、胸の内にまで広がりそうだ。この男の顔なんてもうずっと見たくないと思っていたのに。仕事帰りに待ち伏せとは、なんとも性格の悪い人。転職してやろうかな。いや、あの時にしなかった私が悪いか。息を吐いて、ゆっくりと心を落ち着かせるために自分の服をぎゅっと握った。
仕事に行くためのブラウスが汗に滲む。朝つけた香水の匂いなんかはもうどこかに行って、柔軟剤の匂いだけが鼻に香った。
「…もう一回、会いたくて…」
そう言うところが、変わらないのだこの男は。泣きそうな顔をすれば女は皆言うことを聞くとでも思ってるのか。元来末っ子気質の彼に、甘えるなと言っても仕方ない。顔だけはいいんだから、もう私に構わないで他の女の所に行けばいいじゃないか。
あの時みたいに、あの夜みたいに。
「…待ち伏せみたいなのやめてよ、ストーカーみたいじゃん」
「ごめん…連絡、どうやってもつかないから…」
そりゃそうだ、電話番号だってメールアドレスだって全部拒否した。もう二度と会いたくないと思ったからだ。来るもの拒まず去るもの追わずがモットーの私に、初めてそんな対応をさせた人間だった。誇ってもいい、後にも先にも私がここまで嫌う人間は貴方だけだと、自慢してくれたっていい。
それぐらい、この男が嫌いだ。
与野原大貴。彼は私と大学時代の同級生で、初めてできた彼氏で、初めていろんな経験をした男で。長い間ずっと、五年も六年も付き合っていたのに。
去年の夏、あっさりと他の女と浮気をした、私の元恋人だ。
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