第7話ナスの照り焼き(1)
出会いは意外に唐突だった。部下が読んでる漫画を後ろから覗いたのがきっかけだ。最近は電子書籍といってネットで読めるものが流行っていると。普段使わないスマホを駆使して、仕事の合間や疲れで癒しが欲しい時などに、ただ読んでいただけ。
漫画の出会いは、それ。
七回目の恋、通称七恋に出会ったのは、自分の組が取り纏めているクラブの嬢が読んでいたから。裏の控室で、オーナーと話をしていたときに不意に目に入ったその名前に、何となく興味が惹かれたのだ。
「なんてやつだ、それ」
「那須川さん〜!見ますか?」
ここのクラブの女は肝っ玉が座っている。ヤクザが裏にいると知っていて、そんな恐怖を抱きながらも入ってくる女達だから。容姿端麗、言葉遣いも所作も徹底させた彼女達は、一人として違わず俺に対してフランクな態度で接してくれるのは、意外に不快ではない。
「すみません、那須川さん」
「いや、良い。藍千賀にそれ渡しとけ」
「はい、わかりました」
オーナーにそう言って、中へ入る。彼女が見ていた漫画、それが七恋。
「何だこれ」
「今流行ってるんですよ、アニメやってて」
「絵が古臭いな」
「そりゃー昔のですもん〜」
昔流行った漫画が、アニメ化する事が最近増えたらしい。お前オタクかと、かがめていた背中を伸ばしてそう聞けば、彼女はケラケラと笑いながらスマホを机に置いた。
「オタクキャバ嬢、ナンバーワンで〜す」
足を組んで、ニコリと笑顔を一つ。堂々と言われることに呆れた自分を棚に置いて。
このナンバーワン嬢に見せられたそれに、気づけばハマって行くことになるとは、当時の俺はわかっていなかった。
あぁそうだ、これが沼と言うらしい。その言葉もこいつに教えられた。源氏名リリア、本名は聡子の彼女からオタク用語を教えられて、そして自分で絵を描くようになって数ヶ月。
俺はSNS上で蜜柑さんに出会ったのだ。
「………おい、藍千賀車止めろ」
平日の夜。21時過ぎ。車の中で街を眺めていれば、以前見たことのある顔が見えた。仕事帰りか、今日はまだ「仕事が終わった」とのメッセージが来ないから、仕事中なのだろうと思ったがこんな時間までとは。
声をかけても良いだろうか。夜遅くに女性を、と言うよりは神だと思ってる人を一人歩かせるのか?それはいくら極道だろうと見て見ぬ振りはできないだろう。
「蜜柑さん」
車を止めて、開けた窓から声をかける。彼女はイヤホンをつけていて、聞こえていないようだった。もう一度大きい声を出そうかと思っても、人混みの多い中、注目されるのは避けたい。
電話するか。
スマホを取り出して、彼女の名前を呼び出す。榊原杏奈。本名は知っていても、中々呼ぶ機会はないそれの通話ボタンを押して。
何回かのコール音が鳴った後、彼女は慌てたようにスマホの画面を見つめて、思索していた。
取るべきか取らないべきか迷っているのか。チクリとする胸の痛みには気づかないふりをして、後一回鳴っても出なかったら切ろうと思ったとき。
「もしもし」
彼女の声が、スマホ越しに聞こえた。夜の中、窓を開けて入り込む人の煩さや街の喧騒なんかそんなものを吹き飛ばすぐらい、はっきりと聞こえたその声に、憧れへ抱くあの感情が、胸を掴んだ気がした。
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