第6話ナスの本性(3)

令矢は、リーンを愛していた。愛している気持ちなんてきっと、誰にも伝えることはできないと分かっていても。いや、伝わらなくてもいいとさえ思っていた。何年の恋が終わったって、新しい恋が始まったって、そしてまたリーンと出会ったって。


令矢は何回だって思うのだ。何回だって、口にする。あぁ、俺はお前を愛してた。


好きとか恋とかそんなちっぽけな言葉で言い表すのは難しい。どんな言葉で投げかけたらいい。


君の瞳が、君の心が、君の涙が好きなんだ。どうやったら伝わる。どうやったら君は、俺のこの愛を受け取ってくれる。


「…っ、何回だって言う…好きだ…!」

「うるせぇな…っ、俺とお前じゃ、生きる世界が違うって…っ」


何回言ったらいいんだよ。


リーンは涙を流していた。互いに気持ちが伝わってる。互いの気持ちだって理解してる。それなら今、俺がする事は。リーンの気持ちを突き放すことでない。令矢は彼の涙を拭うために、手を伸ばした。


血だらけの手、足に落ちる血の雫。彼が何をしてきたかとか、どんな生き方をしてきたのか、とか。そんなものは令矢の頭には入っていなかった。


ただただ、彼をずっとずっと愛していたのだ。


「どんな世界にいても良い、住む世界が違くでも良い」


それでも、お前に愛を誓うことぐらい許してくれよ。


令矢の頬に、涙が伝った。






「…………っ………」

「那須川さん、松崎の所からの連絡です」

「ノックしろと言ったよなぁ…?」

「すみません…っ!」


あいも変わらず素敵な文章を書く人だと思った。初めて読んだ時の衝撃は未だに忘れる事はできない。最初の一文でひきこまれたのだ、そう、俺の思う令矢はそんなキャラクターだし、俺の思うリーンはそんな奴だと拡声器がもしも手元にあったら、組の奴ら全員にいい振り回したいぐらいに、同感だった。


これが解釈の一致だという事だと知ったのはその数日後。初めて読んだあの日から、怒涛のように上がっている小説を読み耽って。これを無料で読んで良いのかと不思議に思ったのも今じゃ懐かしい。


そんな神物書きの連絡先は俺のスマホに直に入っているし、一度お会いした事だってある。あぁ…神様がそこに居た。素敵な言葉選びとは反対に普段の呟きは至極テンションが低く、言ってる事が全部面白い、ギャップの激しい人だったから、俺と同じで本当は中身が男なのではと思った事だってある。必ずしも繊細な文章を書く人に、性別の拘りなんて関係ないだろうと思うからだ。


女性だろうと男性だろうと、お会いできるならお会いしたかった。


そして実際に会ったその人は、予想を裏切らずに女性で。仕事終わりで少しだけくたびれた顔をしていたけれど、笑い声が大きい明るい人だった。


こんなにあっけらかんと、楽しい性格をしている人間が、こんなに素敵な文章を思いつくのか?性格から必ずしも人間性なんて測れないし、そして見た目からだって人間性は測れない。やはり、人というのは面白いものだなと齢31にしてそう思った。


「松崎がなんだって」


最後まで読み切った小説がどこかに行かないように、ゆっくりとスマホをロックしズボンのポケットに入れた。吸っていたタバコは灰皿に押し付ける。


夜の23時。彼女はもう寝る時間か。寝る前に更新するのが彼女の日課だから、きっとそうだろう。おやすみなさいの呟きに、今日は反応できそうにない。


ノックもせずに入ってきた部下を睨んで、椅子から立ち上がった。室内は壁にかけてある時計の秒針がチクタクと動いて、俺が立ったことにより部屋の中に圧迫感が増した。190超えの身体なのだ、仕方ない。部下が引き攣った顔で俺を見上げるのも、もう慣れた。


「…、は、はい。松崎の下っ端が、どうやらうちのシマで暴力行為を働いたようで」

「ほー……」


何も平日の23時なんかに面倒事を起こさなくてもいいだろう。静かに生きろよ。

こめかみを震わせて息を吐く。俺は忙しいというのに、部下は必ず俺に連絡をするものだから仕方ない。報連相は大事だ。大事だが、時と場合によりけりだと言いたい。


未だに余韻に浸ったままの胸をトントンと叩いて、うっすら出ていた涙はバレないように、コンタクトがずれたと言い訳しながら目を擦る。


椅子にかけたままのジャケットを掴んで、扉を開いた。


「お疲れ様です!」

「お疲れ様です、お出かけですか」

「松崎ん所行ってくる、車だせ」

「かしこまりました」


扉を開けば、事務所の中の連中が全員立ち上がり、俺に頭を下げた。部屋に響くでかい男の声。夜遅くに聞きたくもないというのに。こんなにでかい声なら、蜜柑さんの笑い声や、令Rの熱い話を聞いていた方が絶対に良い。というより、それが聞きたい。


俺の隣に立った側近の藍千賀に車を出せと声を掛けて、足を一歩前に出す。はぁ、くそ。ポケットに入ってるスマホが震えてる。きっと蜜柑さんからの、いや、榊原さんからのメッセージだ。


返事はきっと朝になるな。ため息を堪えて、目に力を入れる。


俺は那須川大希。


「廉宗会」傘下の、「田所会」組頭だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る