第11話サークル名を決めよう(2)
17時40分。待ち合わせの20分前に、私はお店の前に着いていた。待たせることはできないし、そんな気持ちで早めに出てきたのはいい、そこまではいい。お店の名前と行き方を調べただけの頭の中は今、混乱していた。
ここ、絶対に高いお店ではありませんこと?
指定された街が、もうお金を有する人がいくところだし、きっとナスさんの仕事柄こう言うところにいるんだろうとかなんか勝手に憶測つけてやってはきたけど、まさかこんなに高そうなステーキ屋さんに連れて来られるとは。
入っていいのか?ヤクザだぞあの人。いや知らんけど。でも絶対ヤクザだぞあの人。そんな人の名前で予約されたお店に、私は今から入っていいのか。
まず、着てきた服が大丈夫なのか確認する。お店から一度離れて、エレベーターの前に移動した。光に反射して見える自分の姿は、まぁ無難な格好だろう。お店に行く途中に出会った、アフターだったか同伴だったか、キャバクラのお姉さんみたいな綺麗で高そうな可愛い服を着ているわけではないが、まぁまぁ無難な格好だろう。
ヒールの靴も汚れてないし、カバンも小振り。仕事に行く時のようなカバンではない。とりあえず令矢のぬいぐるみストラップは鞄の中に隠しておいて正解だ。
え、髪は?こういう時結っていた方がよかったの?男の人と食事なんて(オタク仲間との食事ではあるけれど)久しぶりだ、しかもあんなにイケメンの強面の人となんて初めてだ。どれが正解なのか全くもってわからない。
「……お腹痛くなってきた……」
緊張をしていた。いつもはナスさんの方が緊張してるのに、今回は私が緊張している。
チーンと鳴ったエレベーター、でかいビルの10階に、誰かがやって来たらしい。
慌てて隣に移動して、人が来るだろうと眺めていれば。件の人、渦中の人、ある意味では想い人であるナスさんが、ネクタイをしっかりと上まで締めたかっちりスーツの姿で現れた。
「………ナスさん………」
ワックスかムースか、塗り固められた髪の毛はしっかりと前髪まで上がっていて、以前見たスーツとは違う紺のスーツに、クロのネクタイ。そのネクタイピンはもしかしてどこかのブランドのものですか。
住む世界が違うなと、初めて私は思った。生きてきてそんなこと思う時が来るなんて。まるで令矢とリーンじゃないか。一般人の令矢と、殺人鬼のリーンの世界みたいに、心の底から思った。
私の呟きにナスさんが気づき、私を見下ろす。ギラリと睨むかのような目つきは、彼が大きいから仕方ないとして。斜め後ろに立っている男の人までしっかりとしたスーツを着ているからもう、頭の中はパニックだ。
ナスさんは私の前に向き直ると、その仏頂面を崩して、あの時のような困ったような表情を見せた。目尻がさがって、少しだけ泣きそうなあの顔だ。背景に浮かぶのは大型犬。勝手にハスキー犬を予想してみた。
「お疲れ様です、蜜柑さん」
囁くように呟いてるのに、低い声のせいで脳に響くそれは、少しだけくすぐったい。
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