第29話思い合って、二人(2)


 那須川さんと電話をしたあの時から、なぜかずっと気掛かりなことがあった。それを言葉に表すのは少しだけ悩むけど、これは多分那須川さんを異性として見てしまっている自分への牽制だろう。


 流石に、流石にちょろ過ぎるだろう自分よ。いくらなんでも浮気されて別れた元彼が私に会いに来て、少しだけ怖かったり落ち込んだり昔を思い出して悲しんでる憔悴していた時に、優しい言葉を投げられたからって。


 那須川さんにちょっとときめいてしまったとか、流石にちょろ過ぎる、これはいけない。大人だろ、もっと自制心を持たなければ。


 そう思ったって、私の元彼のあいつはそんな自制心さえないままに浮気して、別の女のところへ行ってしまった。


 大人と一言で片付けられればそれでいいのに、大人になればなるほど臆病になる自分が怖かった。


 本当はあの時、ビンタでもなんでもすればよかったのだ。今更何しに来たのとか、今でも許してない、とか。文句の一つや二つあったのに。


 久しぶりに会った彼の顔を見たら、何故かどうしようもなく惨めに思ってしまった。大人になると言うのは怖い。大人になると言うのは、勇気とはかけ離れたものだと思う。


 責任と、ほんの少しの期待の上に、理性を乗せたワンセット。それさえなければきっと、綺麗な放物線を描かせてあいつをぶん殴ってやった。



 明日も仕事だから寝ないといけないというのに、一向に眠れないぐらいにはこの胸のざわつきを抑え込むのに必死だった。


 那須川さんは今、起きてるだろうか。布団から出した手を伸ばして、充電コードのささったスマートフォンを握りしめる。持ち上げて、顔の前に持っていきながら光らせた画面には、1時23分と書かれてあった。


 流石に非常識すぎる。今、連絡するのは失礼過ぎる。そう思うのと同時に、突然の連絡さえ失礼だろうと結論に至った。


「あぁ〜…もー……」


 誰もいない部屋で一人つぶやく。ベッドの中は暖かくて、スマートフォンの画面を下にしてシーツに押し付けてから、自分の顔も枕に押し付けた。


 寝ろ、寝ろ。


 これは違う、流石に違う。勘違いも甚だしい、ただちょっと優しくされただけだ、それ以外の何物でもない。



 自分に言い聞かせる夜は、朝7時までつづいてしまって、目の下のクマはどうやったって誤魔化せそうにはなかった。

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フダンシゴグドーと同人誌を出したい! 凜伍 @nyann_n

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