第15話ナスは想う(3)





神には心配をしてくれる人がいないらしい。




親がいないのか、家族がいないのか。俺にも家族と呼ばれる人間はいないから、少しだけ親近感を覚えた。ただ、それに対して彼女のように何かを思い出すほどの思いがあるわけでもなんでもない。


慈しむような目で、そういった彼女の顔が忘れられない。


言われた通り最寄り駅まで送って。本当はこんな遅い時間に外で一人歩かせるわけにもいかなかったが、治安のいい地区だ。大丈夫だろうと、彼女が消えていくまで路地を見つめた。家まで送ってもいいですか、とは。流石に不躾すぎる言葉だからだ。


「……藍千賀、出せ」

「はい」


彼女が消えたのを見て、藍千賀にそう声をかける。動き出す車のなか、流れていく街並みを眺めた。腹の中に入っているステーキの肉は足りなかったな。彼女のために良い肉にしたが、もう少し量が多い方がよかったか。彼女は『無料で大盛りフェア』に喜ぶほどの女性だから。


次いく時は、もっと質のいいものをたくさんの量で食べられる場所に連れて行こう。同人誌についての打ち合わせも順調だったし、次の話し合うとなると何についてになるのか。


まずは宿題にされたサークル名を考えるか。


久しぶりに感じた楽しいという感情を胸に抱いて、今日の出来事を頭に浮かべた。以前問題を起こした松崎の所との話し合いに、平井沢さんとの幹部会議、さらには資金回収の遅い奴らへの叱咤と自分の経営している会社の業績確認。


やる事は多かった。相変わらず仕事が多かった。それでも、蜜柑さんとの食事があると思っただけで、乗り越えられた。


「藍千賀」

「はい」


運転している藍千賀に声をかける。もう5年になるか、藍千賀が側近になって。


窓の枠に頬杖をついた。街並みはすっかりと変わって、自分の家へ向かっている。静かな住宅街が消え去って、ネオン街の広がる光景にため息を一つ吐き捨てた。


住んでる世界が、違うんだ。令矢とリーンと同じように、あの人と俺の住む世界は何もかも違うのに。


どうしようもなく、出会えてよかったと思えてしまうのは何故だろう。オタク仲間としか思われていないとわかっている。自分の中に潜むオタク気質がきっと騒いでいるだけだとわかるのに。


「彼女をどう思う」

「……榊原さんのことですか」

「あぁ」


俺がナスで、彼女が蜜柑さんであることは伝えていない。そもそも俺が絵を描いている事だって彼は気づいていないのだ。彼女にたいして何を思うことがあっても、俺のようにあの人を神だと思っている先入観を抱いてはいないだろう。


素直な意見を聞きたかった。彼女の印象を。

共感して欲しかった。彼女は素敵な人だろ、と。


藍千賀は一度口を閉じたあと、赤信号で止まった車の中、ウィンカーの音を響かせた車内でこう言った。




「……普通の人かと」





こいつを側近にして五年目、今すぐにクビにしてやろうかと、内なる極道の自分が浮かび上がった。

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