フダンシゴグドーと同人誌を出したい!
凜伍
第1話ナスと蜜柑(1)
毎日の日課はSNSの確認だった。反応が来てるだろうか、コメントが来てるだろうか。自分の書いた小説が読まれていたら嬉しいし、楽しそうな言葉があったらそれだけで幸せになるものだ。
不朽の名作、七回目の恋。通称七恋に登場する主人公令矢と、その親友である男のリーンの、恋なのか恋ともいえない関係なのか、微妙なその関係を追っていくお話が、今一番ホットな作品だった。
最初こそ、この二人は付き合ってるのか付き合ってないのかヤキモキした気持ちもあったけれど、恋とは違う関係というのを見るのは、意外に面白いのだ。これだけ長い間人気なのも頷けると思うほど、私はこの作品にのめり込んでいた。
「あ、今日もコメント来てる…」
仕事帰り、地下鉄を待ちながらホームに立っていた時だった。夜の18時半、転職してから定時で帰れるようになったおかげで、退勤ラッシュに巻き込まれることが増えた。
人に押されながら入った車両の中、スマホを眺めて吊革に捕まった。そこにあったのは、アカウント名「ナス」と書かれた人からのコメント。
『今回の作品もとても素敵でした。言葉の選び方が秀逸で、蜜柑さんの小説は飴細工の様にキラキラ輝いて見えて、キャラクター達が生きてる様に感じます』
絵描きのこの人の言葉の方が、語彙力が凄い。
物書きと言いつつ、こんな綺麗な感想私は言えない。ありがたい言葉の数々に心の中で頭を下げて、『ありがとうございます』とつぶやいた。
——右側の扉が開きます、ご注意下さい。
ナスさんへのコメントに返事をしようと指を動かしていた時、地下鉄が大きく揺れた。人の多い中で立つのはなかなかに疲れる。20分程で目的地に着くにもかかわらず、体感は一時間だ。
バランスを崩した体制のままもう一度スマホを覗き込むと、どうやら私はよからぬ場所を押していたらしい。
ナスさんのダイレクトメッセージに、『あ』と送っていた。
やっばい。やばいやばい、やってしまった。
慌てて、ごめんなさい間違えました、本当は返信する予定だったんですが、と送るも、既に既読が付いて何かメッセージを送ろうとしてるマークが現れる。
あぁ嫌われてしまった。こんなに綺麗な絵を描く素敵な絵師さんと繋がれたのに、これでさようならかと落胆する気持ちに舞い降りたのは、ナスさんからの素敵な言葉だった。
『気にしないで下さい。直接やり取りができるきっかけをくださって、逆に嬉しいぐらいです』
たまに、盲目的に褒めてくれる人というのはある一定数いる。彼女もそんな人だし、私も彼女の絵に対しては同じ様な反応を示すけれど。
あまりにも、あまりにもその言葉が優しすぎて、恋をしてる気持ちになってしまった。
素敵!優しい!私も大好きな絵師さんとこうやってお話しできて嬉しい!はやる気持ちを抑え込んで、震える指で言葉を選ぶ。
『ナスさん、私はナスさんの絵が、とても好きです』
その言葉に、ナスさんは滅多につけない絵文字付きで、
『ありがとうございます』
と、返事をしてくれた。
シンプルな文面、あまり感情が伺えないのに、選ぶ言葉や単語の綺麗さに人柄がうかがえるその分を眺めて、スマホを握り締めながらなんとも言えない嬉しさを噛み締める。
どうやってお話を続けよう、そんな事を思いつつも、ナスさんからの『お仕事終わりですか?』の言葉に、やっぱりにやけそうになってしまって。
急いで指を動かして、この拙いメッセージのやり取りを行い続けた。
こうやって、私とナスさんの、二人だけの秘密のやり取りが、始まったのだ。
(読んで頂きありがとうございます。もしも気に入って頂けたらコメント等頂けたら嬉しいです)
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