第23話蜜柑だって人間なのだ(2)
蜜柑さんから連絡が来た。藍千賀に送ってもらったと律儀に。藍千賀からはすでに連絡が来ていたから、そのメッセージを見ても驚きはしなかった。ただ、そうやって報告をしてくれるあたり、彼女の人当たりの良さを垣間見ることができて、余計に彼女を神として崇めそうになった。
大人としてなら当たり前な行為なのに、極道というのは誰か一人その心に心酔してしまうと、どこまでも崇める生き物なのだ。仕方ない。
ありがとうございましたの言葉に、どういたしましてと返すわけにもいかない。帰り道、彼女を見かけたから送ったとの藍千賀の言葉を鵜呑みにするなら、俺が気にかけている女性を目敏く見つけて気に掛けているのは部下として優秀だ、とは思う。思うが、お前がそんなに気にするなとも言いたくなるもので。
複雑だった。これがどんな感情なのか、きっと物書きである彼女なら上手い言葉を見つけてくれるのだろうか。蜜柑さんとのやりとりを思い返しつつ、温まる胸の内側にある気持ちをどうやって処理したらいいのかわからないまま、彼女のメッセージに返事をした。
『こちらこそ、藍千賀が声をかけたようで』
無難な返事の仕方がわからない。藍千賀が言うには、ただ外を歩いてる彼女が居たから声を掛けただけだと。危機感の無い人だと不安になってしまったが、藍千賀の事は見せた事があったから、少しの疑問を抱きつつもその言葉に頷いたのが数分前。
今は、彼女からの返事に、それは聞いていないと思わず声を出してしまった。
『藍千賀さんに、助けてもらったもので』
何から?ナンパか?ナンパだとしたら、彼女の会社付近を見張るしかない。ソファーに深く座り込んでいた腰を上げて、スマホを握りつぶしそうになった。シャワー上がりの髪から水滴がぽたりと画面に落ちる。
その水滴を拭き取ろうと指の腹でなぞった時、間違って通話をかけてしまった。驚きに落としそうになったスマホをすんでの所で握りしめれば、彼女の声がそのスマホ越しに聞こえた。
「もしもし、ナスさん?」
あぁ、蜜柑さんの声だ。久しぶりに聴いたその声に、胸がギュッと締め付けられる。
「…すみません、間違って電話を掛けてしまいました」
それでも声を聞けただけ嬉しかった。蜜柑さんが無事に家にいるなら、ナンパだろうとなんだろうと、俺の部下が彼女の助けになれていたのなら。推している彼女に恩返しだ。溢れそうになるにやけを手で隠して、咳払いを溢す。
「ナンパにでも、あったんですか」
もしもそうなら、毎日でも迎えに行きたかった。金を使う事はできない、送り迎えでもそんなことでも貢献できるなら、ファンとして何かしたかった。彼女は苦笑をこぼして、いいえと一言言った。
「元彼に、ちょっとあってしまって」
元彼。その言葉が頭に流れ込んだ瞬間、すっと心が冷えたのを感じ取った。そうか、元彼。そうだよな、彼女も人間だ。自身が心酔している神のような存在だとおもっていても、生身の人間だ。誰かとお付き合いをする事だってある、そうだろう。
それでも、なんとも言えないこの感情をどう処理したらいい。
蜜柑さんも女性だ。人間だ。好きな人だっているだろう、そう言う事だってするだろう、勝手に神格化していた身で何を言うのかと思われてもいいが、ただ、この気持ちに言葉をつけるなら。
ショックだった。蜜柑さんに、恋人がいたことにと言うよりも、彼女の口から元彼と、俗に近い言葉を聞いてしまったことに対して、ショックを受けていると、わかっていた。
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