第22話蜜柑だって人間なのだ(1)
藍千賀さんに最寄りまで送ってもらった事を、那須川さんに報告したほうがいいだろうか。藍千賀さんと那須川さんの関係性なんてよく分かりはしないが、なんとなく部下と上司なのは見ていてわかる。
那須川さんの運転手的なやつか、それとも側近とかそんなんか。頭の中はもう完璧に那須川さんをヤクザだと思ってる自分がいて、申し訳なさに苦笑をこぼした。
部屋に一人でいると色々考え込んでしまうな。21時、この夜の遅い時間に那須川さんは気づいてくれるだろうか。車に乗せてもらったあの時間帯ですでに帰宅済みだったらしいから、忙しいかもしれない。
ただ後日報告というわけにもいかないので、えいっと覚悟を決めて彼に連絡をした。電話は流石によろしくないだろう、メッセージを一つだけだ。以前ご飯を一緒に食べた時の、ありがとうございましたのメッセージからそんなに日数は経っていなかった。
『今日、藍千賀さんに送ってもらいました。お礼を伝えておいてください』
このぐらいでいいか。
スマホを机の上に放り投げて、シャワーで濡れた髪の毛をタオルで拭きながらソファーに座り込む。あぁ、疲れた。仕事の疲れ以外に、元彼とのいざこざとか、犬も喰わないだろこんな話。
はぁ、ため息を吐いて横に倒れる。机の上に置かれたマグカップをぼーっと眺めて、やっぱりあの時捨てて仕舞えばよかったと、そう思った。
結局捨てきれずにいた自分が悪いし、元彼とのものを持ち続けるのもおかしな話だ。
青色と黄色のマグカップ。食器棚の置いたままのそれを見るたびに、酷く自分が滑稽に思えて。そしてやっぱり馬鹿だなと笑いたくなった。
『好きな人ができた、別れて欲しい』
六年以上付き合ってきた女を振る理由は、他に好きな女ができたから、だった。今までの年数は何だったのだろう。私の思ってる事と彼の思ってる事は同じだと信じて疑わなかった自分の馬鹿さ加減に、本当に腹が立つ。
今も好きだとかそんな気持ちがあるわけではない。ただ、長い間一緒にいた気持ちまで否定してしまったら、自分の事をもう好きでいられなくなりそうだった。
お揃いで買ったマグカップも。旅行で買ったキーホルダーも。二人で好きだった漫画もアニメも、忘れられるなら忘れてやりたい。忘れられないから、困ってるのに。
あいつは当然のようにまた、私の目の前に現れるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます