時のフレーバー

 眠くなるほど暇な4時間が、私の前に立ちふさがる。出勤時刻の8時半まで、まだ4時間もあるのだ。

「……どうしよう」

 寝るわけにはいかない。だが、特段趣味もない私に、4時間家で過ごせという方が土台無理だ。

「待てよ」

 私は、茂樹くんが学生だった12年前のことを思い出した。茂樹くんはたしか、毎朝4時に起きていた気がする。私はスマートフォンを取り、メッセージアプリを開いた。茂樹くんのトークルームを選択すると、機能の16時頃に送られた謝罪の言葉があった。

「昨日は酔い潰れてしまってすみません」

「許す」

 のスタンプを送ったあと

「起きてる?」

 と打ち込む。既読はすぐについた。

「起きてますよ」

「よかった、雑談しよ」

「いいですよ」

「昨日ラインが壊れちゃったんだけどさ」

「ほう」

「原因は破壊工作だったんだよ」

「ええ……月曜停止魔ですか?」

「知ってるんだ」

「ええ」

「でも後輩の中島さんいわく、最近はやりの月曜停止魔とは細かいところが違うって」

「僕なりの月曜停止魔に対する意見を述べさせてもらって構いませんか?」

「いいよ」

「私が調べたところによると、月曜停止魔が基幹企業の生産ラインを停止させたあとも部品の供給量は変わってないんです」

「どうして?」

「ほかの企業が在庫を放出しているからです」

「へえ」

「それでちょっと思ったんですが、月曜停止魔が生産ラインを停止させるのは他の企業に利益をもたらすためなのではないでしょうか」

「なるほど……」

「まあ私の憶測ですけどね」

「ちなみにMARテックが停止したことで儲かる企業ってあるの?」

「調べてみますね」

「うん」

「MARテックが生産している部品は他の企業にも十分な在庫がないものばかりですね」

「となるとやっぱり月曜停止魔じゃないんだ」

「そうなりそうですね」

「そういえば、和徳にカノジョができたって知ってた?」

「知りませんでした」

「意外と冷静だね」

「まあ和徳のことですから彼女さんともうまくやっていけるでしょう。どんな方なんですか?」

「後輩のミリオタ女子」

「あなたの後輩でしたか」

「うん」

「ミリオタ女子とくっついたのなら和徳は安泰でしょう。私はまだ彼女いない歴イコール年齢ですけどね」

「ジェラシー感じちゃう?」

「ええ、ものすごい嫉妬を自分から感じます」

「はええ……」

「なんだかんだあと二ヶ月で魔法つかいになれちゃいますからね」

「え?どゆこと?」

「いえ、何でもありません」

「下ネタかな?」

「それに近いことに気づいたのでやめました」

「そっか」

「何はともあれ、私は人から嫌われるのが上手なんですよ」

「そっか」

「はい。こうして対応するのも面倒くさいような発言をよくしますし、偉そうなことを言う割には何もできません。しかも本当に何もできない人に対しても失礼なことを言うわけですから、かなりたちが悪いです」

「そうかもね」

「そうでしょう?嫌われるのがうますぎたせいで誰からも守られずにいじめられました」

「そういえば小学生の頃は誰とも話してなかったね」

「いえ、話してはいたんです。ですが、誰からも相手にされませんでした。そこで私は勉強しまくったわけです」

「そりゃまたどうして」

「最強の頭脳を持てば、人はみんないずれ私に平伏するからです」

「確かにそうだけど……」

「そろそろ6時ですね」

「そうだね」

「出勤まであと2時間ぐらいですか?」

「うん」

「そういえばMARテックの生産ライン、どれぐらい被害を受けたんですか?」

「ベルトコンベアが切れてて、制御システムの入ったハードディスクが粉々になってて、顧客情報は全部消えてて、モーターの線は元通りにしたけどまだ3週間は動きそうにないとか言ってた」

「うわあ……月曜停止魔より長いじゃないですか」

「そうなんだよ」

「そうなってくるとパーツ店で値上げが始まりますね…」

「そうなの?」

「ええ。店側に在庫があるとしても三週間も入荷が途切れるのはさすがにまずいですからね」

「へえ」

「ところで」

「なに」

「1時間後の7時にスイートラジオに来てくれませんか」

「なんで」

「渡したいものがあるんです」

「わかった」

 私は身支度を始めた。時計も忘れずに鞄に入れた私は、ドアを出て歩き始めた。まだ薄暗い街は、朝焼け前の紫色の光に包まれていた。

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