待ち時間のビター

 私は茂樹くんから送られてきた返信内容を確認した。

「『スイートラジオの店員です。レビューを拝見して驚きました。そのレビューの件について詳しくお聞かせください。お話は個別メッセージでお願いします。可能なら店長に謝罪させます』…いいの?」

「いいよ、僕は普通に謝罪するつもりだし」

 茂樹くんの送ってきた内容をコピーして、返信欄に貼り付ける。送信ボタンを押し、送信した。

「送ったよ」

「あとは向こうがやって来るのを待つのみ。あの人たちを僕たちの側につければたぶん全容が明らかになる」

「そうだね」

「ところで、一緒に住む話ってどうなってる?」

「スイートラジオの居住スペースを片付ければ普通に住めるよ」

「ありがとう」


 一週間後、昼休みにスマホを見ると一件の通知があった。職場レビューサイトからだった。

「すみません、メッセージ失礼します。レビューを書いた魚村という者です。あなたは何がしたいのですか?」

 私は返信を打ち込んだ。

「あなたと店長に和解してほしいんです」

 私は、それを消して打ち直した。

「私は店長の話は聞きましたが、魚村さん側の話は一切聞いたことがないので魚村さんの話が聞きたいです」

 それを送信すると、二分もしないうちに返信が来た。

「メッセージで話すよりは直接話した方がよさそうですね、提示したい資料もあるので。今度の日曜日、くろがね通り商店街の喫茶店『モリブデン415』で話しませんか」

「今度の日曜日ですね。わかりました」

 私はガッツポーズをした。なぜかとても気分が上がったので、弁当を食べ終わった後に食堂のココアを頼んだ。

「うっぷ……」

 オフィスに戻ると、中島さんの顔が土気色になっていた。

「どうしたの?」

「いや、さっき食べたカツ丼が死ぬほど脂っこかっただけです……おえぇ」

 営業部に派遣でやってきた眞田くんが自分の机から心配そうに眺めていたが、やがてこちらへやってきた。

「どこのカツ丼を食べたんですか……大丈夫ですか?」

「ああそうだ眞田くん。エクサムの処理はわかる?」

「ええ、わかりますけど……」

「おお、頑張って覚えたんだ。えらいえらい」

「中島先輩のハンドブックのおかげです。というか!」

「どうしたの」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫、射場しゃばとんのミニとんかつ食べただけだから」

「あの……あの小さなとんかつに何をトッピングしたらそうなるんですか?」

「天かす……」

「魔境じゃないですか……誰もそんなの頼みたがりませんよ」

「知らなかったの……うえぇ」

「わかりました、吐いてきてください」

「ええ……」

「そうでもしないと普通に明日明後日が地獄です」

「でも……」

「彼氏さんにも迷惑かけるじゃないですか」

「そうだけど……」

「太るリスクもありますから、今のうちに吐くのが吉です」

「わ、わかった……」

 中島さんはフラフラとした足取りでトイレの方へと歩いていった。10分後、中島さんは青ざめた顔で戻ってきた。そして何事もなかったように、仕事に取り掛かった。額には玉のような汗がにじんでいるが、なんとか業務ができるくらいには回復したようだった。

 仕事終わりに、中島さんは汗を拭いながら電車に乗ってきた。

「この前からずっとこっち方面に乗ってるね」

「ええ、和徳さんと同棲しはじめたんで」

「まじか」

「そういえば先輩、まだ良縁に恵まれないんですか?ずっと帰りが一緒ですけど」

「失敬な、良縁かどうかはわかんないけど同級生と同棲検討中だよ」

「え!?」

「声が大きい!」

「相手は?相手は誰なんです?」

「中学生みたいだね……この前時計あげた人」

「やっぱり私の予見したとおりになりましたね。それで……告白はどちらから?」

「私からしようとしたんだけど、先越されちゃった」

「うわぁーいいですね!そういうシチュはすごく好き……!」

「人の恋愛をオタク目線で語らないでよ」

「いいじゃないですか。それより和徳さんから聞きましたよ?山茂樹さん……でしたっけ。あのスイートラジオの店長でしょ?すごいじゃないですか……料理関係は心配いりませんね」

「ちょっと待って、聞きましたよって何」

「時計のときに聞いたんです。で、料理上手なんですよね」

「まぁ……でも茂樹くん片付けるの下手なんだよなぁ……」

「それくらいは手伝ってあげればいいじゃないですか」

「まあそうなんだけど」

「ところで、なんで山茂樹さんに告白しようと思ったんですか?まさか年収ではないとは思いますが」

「秘密」

「何なんですか、教えてくださいよ」

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