Ⅱ-2 チョコレート・パスト
打診のミディアム
年が暮れて明けた1月1日の午前8時、新年を迎えたスイートラジオの前で、私は茂樹くんの支度ができるのを待っていた。
「まだ?」
「できた。行こうか」
私は茂樹くんと一緒に、ヒシマキのオフィスがある大きなデパートのバックヤードに入っていった。
「正月から打ち合わせかぁ……」
「大丈夫、多分すぐ終わる」
私たちが小声で話しながら歩いていくと、スーツ姿の男がやってきて名刺を出した。
「初めまして、ヒシマキグループ取締役の古野英一郎です。スイートラジオの山様と小林様ですね」
「はい」
「では、ご案内させていただきます。どうぞこちらへ」
古野取締役は、私たちを社長室のプレートがかかった部屋に案内した。
「社長、お連れしました」
「どうぞ入ってくれたまえ」
古野取締役がドアを開け、私たちは社長室に入った。
「どうぞ、お掛けになってください」
「失礼します」
「ヒシマキの社長をしております、
「スイートラジオの店長の山茂樹です」
「スイートラジオの従業員の小林優花です」
「では早速本題の方に入りましょうか。ヒシマキとしましては、スイートラジオの商標権を20億円で一年間お借りしたいのです」
「それでチョコレートの共同販売をされるご計画とのことでしたね。つかぬことをお伺いしますが、そのチョコレートはどちら側が開発するのでしょうか」
「チョコレートのレシピ自体はスイートラジオさん側に開発していただき、それをヒシマキの特設製造ラインで大量生産して販売させていただく計画です」
「ということは、我々はチョコレートのレシピをそちらに公開しなければならないということですね?」
「ご心配には及びません、こちらの資料をご覧ください」
社長は茂樹くんに分厚い資料を手渡した。茂樹くんはそれをペラペラとめくって、閉じた。
「優花さんも読んで」
「はい」
私はその資料を飛ばし読みして、内容を把握しようとした。生産ラインの計画書のようだ。資料の表紙には「特設生産ライン計画要綱」と書かれている。
「なるほど……配合は我々スイートラジオ側で操作し、制御プログラムはそちらに対してブラックボックス化するんですね」
「はい。データを抜き取ろうとすれば、たちまちプログラムは削除されます」
「そうですか」
「ええ。スイートラジオの大切なレシピを盗まれては大変でしょうし、こちらに盗む意志がないことを明らかにしないといけませんから」
「なるほどわかりました。それでは本題に戻りましょう」
「20億円で一年間という契約条件に、ご不満はありませんか?」
「はい。その点については何も」
「では、詳細資料の内容通りに契約を締結してよろしいですか?」
「いいでしょう。ですがそれは一ヶ月後に締結させていただきたい。今から、我々スイートラジオからの提案をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
「スイートラジオは現在従業員不足のため、チョコレートの品質が下がりかねない事態となっています。従業員を増やすための時間を稼ぎたいので、1ヶ月だけのテスト契約でヒシマキさんに出店させていただけませんか」
「といいますと?」
「短期企画として、ヒシマキさんに出店したいのです」
「もちろん大歓迎です。すぐに取締役会と株主総会で承認を取ります」
「ありがとうございます。ところで、スイートラジオのチョコレートのレシピがプログラムであるということを、なぜおわかりになっているのですか?」
「工場生産ということですから、プログラムであるのはわかりますよ」
「まあ……そうですね」
「では、よろしいですかね」
「はい」
私たちは社長室から出て、もと来た道を逆にたどってスイートラジオに帰った。
「どう思う?」
「おそらくあれは昔の店員たちが一枚噛んでるな……やっぱり裏がありそうだ」
「そうなの?」
「ああ。あの店員たちが何を企んでるのかはわからないけど……ヒシマキと昔の店員たちの間にコネクションがあるのは確かだと思う」
「そっか……じゃあ……どうする?」
「相手の出方を見るか、積極的に昔の店員たちに接触してみるかの二択だな」
「どうやって接触するの?」
「尋ねて来たくなるようにするのさ」
「どういうこと?」
「まあ見ておいて」
茂樹くんはそう言うと、スマホを取り出した。
「何やってるの?」
「求人サイトの星1つのレビューに送る返信の下書きを書いてるんだよ。優花さんに送るから、求人サイトのあのレビューに返信しといて」
「あー……なるほど」
「何がしたいかわかった?」
「うん、これで直接私が接触するってことでしょ」
「ご名答。じゃあ下書き送るよ」
茂樹くんからのLINEが届いた。
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