聖夜のチョコチップ

 茂樹くんと私は、イルミネーションから少し離れたベンチで弁当箱をしまっていた。

「弁当は食べ終わりましたし、クリスマスツリーでも見て帰りましょうか」

「ちょっと待って、もうちょっと話してたいんだけど……いいかな」

「良いですけど……話題は?」

「サンタクロースにプレゼントをもらうとしたら何がいい?」

「唐突ですね……」

「結構気になるからさ」

「そろそろ幸せがほしいですね」

「幸せ……」

「ええ。幸せに過ごせる余生がほしいです。ヒシマキが色々打診してきたりしてきついので……」

「ストレスフルなんだね」

「ええ。平均的な現代人の1.5倍はストレスを食らってる自信があります」

「ははは」

「ちなみに優花さんは何がほしいですか?」

「うーん……そろそろ家族がほしいなあ」

「それは笑います」

「なんでよ」

「家族って自分の努力でなんとかなるじゃないですか」

「まあそうだけど」

「話題を変えましょう。この前ケーキを作っていて思ったことがあるんです。苦労して作ったケーキを食べるときのおいしさに、作るときの苦労は入っているのでしょうか」

「自分で作ってない限りそこのおいしさは半減するんじゃない?」

「ですよね」

「なんで分かってることを聞いたの」

「優花さんならどう答えるかな、と思いまして」

「それならもっとひねって答えればよかったなあ」

「どんな風にですか?」

「作ったときの苦労はその分味を高めるための努力としてケーキに残ってるから、同じケーキを自分で作った場合と買った場合において味にそれほどの差はないと思う……とか」

「なるほど」

 茂樹くんが始まりかけた沈黙を破る。

「それにしてもイルミネーション、きれいですね……」

「そうだね」

「ただ視界に入ってその綺麗さを嫉妬で打ち消してくる冬のカップル達が気に入りませんね」

「暗黒面すぎるでしょ」

「かもしれませんね」

「まあ私たちも遠目から見ればどう見えるかはわかんないからね」

「そうですね……言われてみれば人と人との関係というものは遠目から見れば分からないものなのかもしれません」

「ってか人間関係なんてみんなそんなもんでしょ」

「そうでしたね」

「そういえば、なんでカップルに嫉妬してるの?誰とも付き合ったことがないから?」

「結構言いますね……。ですが違います。人は知らぬ間に反目し、知らぬ間に破壊と略奪と退化、そして争いを繰り返しているものなんだ……というのが僕の人に対するイメージです。ですが、カップルはそこから抜け出しにかかっていける。それが僕の嫉妬の原因です」

「反目……確かにそうかも。でもそこから抜け出せているカップルばかりかというとそういうわけでもないでしょ」

「まあそうですけど……」

「私は茂樹くんの世界観が間違ってるとは思えない。でも、茂樹くんがそんな風な世界観を持ってるのは、ほとんどこれまでの壮絶な人生のせいなのかもしれない……とは思える」

「壮絶な人生……否定はしません」

「茂樹くんは試練を与えられすぎてると思う。全て一人でクリアしても、まだ次の試練が与えられる。ずっとひとりぼっちでいるって、辛くない?」

「……何が言いたいんですか?」

「人生ってさ、もっと楽に生きても良いと思うんだ。隣にいてくれる人に半分肩代わりしてもらっても、バチは当たらないと思うよ」

「……隣にいてくれる人がいたらどれほど嬉しいか」

「こんなことを言うのは不誠実かもしれないし、過去にいじめを黙認してた身として虫が良すぎるのは分かってる。でも、信用してくれないかもしれないけど……」

 私は口ごもった。おそらく顔は真っ赤になっていただろう。堪忍袋の緒もクラッカーのひもを限界まで引き絞ったようになっている。弾けそうになる短い沈黙のあとに茂樹くんが口を開いた。

「早く言ってくれませんかね。言わないなら代わりに……」

「え?」

「代わりに……なんでしょうね、その……」

「ほう?」

「わかりましたよ。優花さん、茶化すことはないと思いますけど、茶化さずに聞いてください。僕は、優花さんに隣にいてほしい。優花さんと一緒に、この世界を歩いて行きたい。だから優花さん、僕の隣にいてくれませんか」

「……なんだ、わかってたんだ」

「あそこまで言われて相手が自分と同じことを思っていないと思うようでは鈍感すぎますよ」

「そうだね……。私は茂樹くんの隣にいてあげる。だから、茂樹くんも私の隣にいて」

「はい」

 茂樹くんと私はくすくすと笑っていた。私は茂樹くんに体を寄せ、手を握る。茂樹くんの手は少しひんやりしていた。

「……!」

「一緒に頑張ろうね」

「わかりました」

「敬語はもういいよ。茂樹くんはもう身内だから」

 そう言いながら私は茂樹くんの手を握る左手を右手で包み込んだ。

「……わかった」

「ところで今何時?」

「僕の時計では11時だな」

「あ、ボストークつけてくれてたんだ」

「うん。大切に使ってる」

「ありがとう」

「じゃあ、そろそろ帰るか……?」

「そうだね」

「おやすみ」

「また明日」

 茂樹くんは立ち上がって、スイートラジオの方へと去って行った。

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