雑談のホワイト

「茂樹くんはけっこう悲惨な生涯を送ってきた人だからね」

「あんなに成功しているのに?」

「和徳から聞かなかった?茂樹くんは小学生のころほぼすべての生徒からいじめられて、精神を病んで入院したんだよ」

「そんな……その後どうなったらああなるんですか?」

「中学校でも先生ににらまれてて、高校で一生懸命打ち込んだ研究が技術革新で無意味になって、それから経営を学んでやっとの思いでスイートラジオを開店させても大手デパートとの駆け引きで店員に逃げられて、私も一回裏切っちゃったからね」

「……壮絶ですね」

「でしょう?しかも茂樹くんのすごいところは、この試練にずっと一人で立ち向かってきたところなんだよ。私は茂樹くんのそばにいて、足手まといになるかもしれないけど茂樹くんと一緒に頑張りたいなと思ったから茂樹くんが好きになったの」

「はええ……私なら絶対にそんな理由では好きになれませんよ」

「どういう意味よ」

「いや、変な意味じゃないですよ」

「じゃあどういう意味なの?」

「私は先輩が思っているほど強い人間ではないので、そんな覚悟のいる選択はできない、という意味です」

「……失礼だけどさ、要は試練にぶち当たるのが嫌なだけなんじゃないの?」

「自分が試練の中に飛び込むのが嫌だから……ですか。たしかにそうかもしれませんが、それ以上に試練や決断に対してトラウマがあるんです。私は文転して人文学部に入り、宣伝を専攻した結果多くの大手広告代理店にスカウトされました。その時それを全部蹴ってMARテックうちに入社したのも、元々は機械を作りたいという夢を忘れられなかったからです。でも、ものづくりには大きな選択が伴うのを悟って営業部に残留したんです。私はかつて、自分の下した決断のせいで人を追い詰めてしまったから……」

「どういうこと?」

「私は高校生の頃、生徒会の役員だったんです。生徒会で私は『部活の必要人数を上げる』議案に賛成することを決めました。一票差でその議案は通りました。それで、二つの部活が危うくなりました。その部活の部長さんは頑張って部員を増やすべく努力を重ねたのですが、果たせず部活は消えてしまいました。部長さんはその部活のために入学したんだと言って退学してしまいました。しばらくして、その部長さんが自殺に失敗して入院したと聞いたんです。あのとき私が反対していれば、あの部長さんはあんな目に遭わずに済んだのに……」

「なるほど……それはきついね」

「まぁ先輩と山茂樹さんならそんなことになる可能性は低いでしょうけど」

「試練を乗り切れなくても、私は茂樹くんと一緒にいるつもりだよ。茂樹くんがああなったのは私のせいでもある。私は茂樹くんに責任を持たないといけないと思うから」

「……そうですか」

「ところでお腹は大丈夫なの?」

「ええ、なんとか」

「天かすってどれぐらい載ってたの?」

「載ってるんじゃないです」

「というと?」

「ご飯が大盛りになってるな、と思ったら天かすがやばいレベルで混ざってたんです」

「……よく完食したね」

「美味しかったので……」

「私は絶対無理だな……食べる時点で死ぬよ」

「私も食べ終わってすぐに死にましたよ」

「ちなみにあれでだいたい何分ぐらい倒れてたの?」

「倒れてはないですけど……まぁ10分くらいですね」

「よかったね、消化が終わる前で」

「今は死ぬほどお腹が空いてるんですけどね」

「大丈夫?なにか買う?」

「大丈夫です、帰ったら和徳さんの作ったビーフシチューが待ってるんで」

「ビーフシチューかぁ……久しく食べてないなぁ、作ろうかな」

「先輩、料理できるんですか?」

「茂樹くんに教えてもらったからね。煮込み系から揚げ物までマスターしたよ」

「へぇ〜」

 話題が出なくなった頃、電車は黒鉄駅に着いた。私たちは電車から降り、改札を抜けてそれぞれの場所への帰途についた。

「ただいま……と」

――明日はスイートラジオの居住スペースを片付けなければならない。そのためにも早く寝ておくか。

 そう思って、私はシチューの材料を収めてもやしと豚肉を炒めた。室内にもやしの青白い匂いと豚肉の焼ける匂いが広がる。醤油とみりんを入れて味をつけると、私は火を止めてフライパンの上の料理を皿に盛り付けた。

 寝床に入ると、体は久々の早寝に戸惑っていた。しかし目を閉じると、速やかに意識は深い眠りへと沈み込んでいった。


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