話術はルビー
日曜日、私は喫茶店「モリブデン415」のドアノブを引いた。ガチャリという重い音と、手にずっしりと伝わる私の力に対する抗力。私はスマホの電源をつけ、チャットを開いた。
「もしやモリブデン415は休みですか?」
「そうです。スタッフ用出入口の横のインターホンを押してください」
「わかりました。あなたはここの店員ですか?」
「いいえ、店長です」
私はスタッフ用出入口の横のインターホンを押した。
「押しました」
「鍵を開けました」
ドアノブを引くと、ドアは開いた。
「はじめまして、魚村
「はじめまして、小林優花です」
「では中にお入りください」
「おじゃまします」
店内には灯りがついている。魚村は店の奥のテーブルについた。
「ここで話せば道路には音漏れしません。エアコンをつけた場合のブレーカーが心配なので、このブースと通路以外の電気は消しますね。いや、今日は寒いですね」
「そうですね」
「暖房をつけてもいいですか?」
「お願いします」
魚村はエアコンのリモコンを操作した。温風が店内に感じられるようになった頃、魚村はおもむろに口を開いた。
「スイートラジオの山店長の件ですよね。私は最初から、あの人が店を守るためにオファーを蹴っているのだと知っていました。ですからその件について謝るべきなのは私の方です。守秘義務違反にならないようにしていたのも知っています。そのことについて謝罪は求めません。ですが私は山店長について二つ、いや三つほど気になるところがあるのです」
「といいますと?」
「第一の疑問、山店長は私がやめた際に、分厚い封筒を渡してきました。受け取りませんでしたが、あれは間違いなくお金です。当時確かに私は喫茶店をやろうとしていましたが、それについては山店長はおろか誰にも一度も話していません。山店長がそれを知っていたとしたら、どこで知ったのでしょう?第二の疑問、山店長にはあの当時の経営状況であそこまでのお金を出すということは困難なはずです。どこで手に入れたのでしょうか?第三の疑問、そもそも山店長とは商店街の寄合で散々会っているはずなのに、なぜ山店長は私に対してあなたを差し向けてくるのでしょう?これについての回答を求めたいのですが……無理でしょうね」
「……どうすればいいですか?」
魚村は上を向いてしばらく考えている様子だったが、私の方を向いて口を開いた。
「スイートラジオはヒシマキから共同開発のオファーを受けた……とお聞きしました。内容はわかりませんが、おそらくそこにはそれほど大きな危機などないでしょう」
「それが最大の危機だと思うのですが……」
「そうですか……ここに山店長がいないので、あなたに警告しておきます。私の推測ですが、山店長は……いや、スイートラジオは今経験したことがなさそうな危機に瀕しているはずです。察しのいい山店長は気づいていると思いたいです。あなたに何も言っていないところを見ると何かすでに作戦があるでしょう……そう信じたいですが、本当に気づいていないだけなのかもしれません。レビューは残しておきます」
「どうしてですか?」
魚村は細い目を見開き、少し切迫した雰囲気で淡々と語った。
「危険が来る方角を絞り込むためです。もしかするとすでに氷山が見えてきているかもしれません。ですが注意してほしいのは、氷山は水上からはその水上に出た11パーセントプラス透明度の都合で不鮮明に見える部分しか見えないということです。水中から見ても89パーセント以上は絶対に見えません。どうかご無事であってください。それから、水上に引き揚げられない氷山の全容を見るには合計4つの目が必要だと山店長に伝えておいてください。もう薄暗いので、帰り道は気をつけてください。来るときのように余計な虫につけられないようにしてくださいよ」
「……え?」
「50メートルほど離れてついてきていた紫のジャケットの女はおそらくヒシマキの社員、もしくはヒシマキの命を受けた監視員でしょう。すでに店に入るところを見られましたから、マークされている可能性が高いです。奥の席に座ったのは、そのせいもあります」
「本当ですか?」
「2階の窓から見ますか?」
「はい」
魚村について階段を上り、窓を開けて外を見ると確かにそこには紫のジャケットを着た女がいた。見覚えがある気もする。私がじっと見ていると、女は何やら電話をかけ始めた。
「とりあえず店から出たら頻繁に後ろを振り返って家に帰ってください。不審者だと間違えられるリスクはありますが、少なくともヒシマキに正確な情報が流れるリスクは減るはずです。それから、これからしばらくはスイートラジオから出ないほうがいいと思われます。スイートラジオに泊めてもらってはいかがでしょうか」
「あなたは私たちの味方……なんですか?」
「それはまだわかりません。私はただ山店長に、こう……憧憬の念にも似た感情を抱いているだけです。山店長が負けるところを見たくないだけですよ」
そう言って笑った魚村の目は、大好きなスター選手の試合を見る野球ファンのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます