相談のカカオニブ

 店の奥から戻ってきた茂樹くんに、私は話しかけようか迷っていた。意を決して話しかけようとしたとき、茂樹くんが大きなあくびをした。

「ねむ……」

「起きててくれる?」

「もちろん起きてはおきますよ……」

 茂樹くんが意図せず絶好の導入を作ってくれたことに感謝しながら、私は本題について話しはじめた。

「そういえば茂樹くん、ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「他の人に相談した方が良いのでは?」

「いないの」

 茂樹くんは驚いて言った。

「え?」

「相談できる人がいないんだよ」

「そうですか。何の相談ですか?」

 茂樹くんは懐から取り出したペットボトルの紅茶を飲みながら言った。

「恋愛の話」

 茂樹くんは紅茶を吹きそうになりながら飲み込んで、笑った。

「何?そんなに面白い?」

「いえ、意外だなと思ったので」

「は?」

「いやそういう意味ではないです」

「あっそう。私最近彼氏と別れちゃったんだよね」

「へえ……なぜまた」

「ちょっと言い過ぎちゃってさ」

「喧嘩別れですか」

「うん……あの人は何も悪くなかったのに」

「そうですか……。そういえば優花さんってけっこう綺麗ですけど、これまでに何回告白されましたか?」

「3回」

「そのうち1年以上続いたものはありますか?」

「失礼だね、一回あるよ」

「ではそれはどれぐらい続いたんですか?」

「さっき言ったとおり別れたけど……1年3ヶ月」

「あなたは内面に自信がないのかもしれません。自分に自信がないから、彼氏に強く当たってしまったのではないですか?」

 思い当たる節は山ほどある。

「……」

 黙っていると、茂樹くんはたたみかけてきた。

「内面が駄目なのは、優花さん、あなたがそれを意識しないからです。外面と違って、内面はいくらでもよくできる」

「でも……」

「性格なんて、よほど重症でもない限り、なんとかなるんです。僕もかなりの偏屈者でしたが、徐々に自分に自信を持つことで僻みを表に出さないようにしました」

「自分に自信を持つって……」

「僕の場合はチョコレートですね。親父のチョコレートを世界に広げたのは僕ですから」

「店員がいないのはなんで?」

「……優花さん、なぜそこにこだわるんですか?」

「知りたいから」

「どうしても?」

「うん」

「みんな僕のそばにいたくないと言うんです。求人のレビューは星一つですよ。給料はそれなりに出しているのに……不思議なものです」

「レビューにはなんて書いてあるの」

「やめてください」

 その後は他愛もない話をして、一日が終わった。その夜、レビューを見た私は、目を疑った。

『求められるレベルが高すぎる職場です。学歴不問とありますが、まず普通の教育を受けている人には絶対に向きません。また、店長の感じも悪く、独断専行を貫き、従業員の言うことには耳を貸しません。絶対におすすめできません。星一つは多いと思います。』

『条件がいいように見えますが、店長は若いのに頑固で頑迷です。好条件に釣られないでください』

 といった感じのレビューが連なっていたのだ。しかも3つも。

「……へえ」

 私は、自分の愚かさを悔やんだ。翌日、私は茂樹くんに電話をかけた。

「あの……」

「どうしたんですか?」

「この店、やっぱやめていい?」

「どうしてです?」

「レビューの評価、ひどかったじゃない」

「そうですけど……そんな……あんまりです」

「ひどすぎる。実際に働いた人があんなことを言うってどういうこと?それに独断専行で従業員の言うことに耳を貸さないって……ブラックすぎない?」

「…あのとき言うとおりにしていたら、倍の損害が出ていたんですよ!レビューをつけたのはただのバカです!そこだけは……」

「うるさい!やっぱり何も変わってないんだ」

「そうですか……ならそう思っておいてください。スイートラジオは今日でおしまいです」

 茂樹くんはそう叫ぶと、電話を切ってしまった。

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