説教のクーベルチュール

 やっと店内を歩き回る人の姿がまばらになったのは正午ごろだった。

「注文個数やばくない……?」

「そうですねぇ……いつものことです」

「どうしてそんなに在庫があるの?」

「大半のチョコレートは、先代の頃とは違って店内の機械で作ってるんです。僕は材料を入れて、時間を調整するだけ」

「へぇ……」

「先代から受け継いだレシピ、全て機械化できるんですよ。先代はおそらく全て予見してたんでしょうね」

「予見って?」

「将来的には機械である程度できるようになるが、機械は全てのデータを教えないと満足な仕事をしないだろう……と、先代は言っていました」

「へえ……プログラムってこと?」

「そうですね」

「で、シフトはいつ出せばいいの?」

「来週までにお願いします」

「わかった」

 午後1時頃になると、客は店の中にはもういなくなっていた。

「さて、ここからは暇な時間のはじまりです」

「ってことは」

「雑談OKです」

「ありがと」

「それで、何を話されますか?」

「あのさ、この店って独特な見た目してるじゃん」

「どこがですか?」

「塗装が銀色だしドアの感じが変だし」

「ラジカセって知りません?」

「らじかせ……?」

「カセットテープって分かります?」

「カセットテープって、昔の……?」

「そうです。ウォークマンも元はカセットテープを再生するポータブルプレイヤーだったんですよ」

「へえ……」

「で、ラジオを聞いたり、カセットテープにラジオの音を録音できる機械がラジカセです。この店はそれをイメージしています。建築基準法の関係でアンテナはつけられませんでしたけどね」

「ラジカセ……可愛いね」

「そうですか?シンプルで格好いいと思うのですが」

「シンプルでかわいらしいデザインじゃん」

「そうか、優花さんは陽の者でしたね」

「陽の者って」

「そのまま過ごしていればなんとなく友達ができて、なんとなく遊べる人のことです」

「そんなこと……」

「ありますね」

「私だって頑張ってイメージアップしたんだよ?」

「僕はイメージアップを図っても全て裏目に出てしまいました。ですが、それが陰の者の宿命です」

「は?」

「イメージアップが報われるのが陽の者、報われないのが陰の者です」

「でもさ」

「優花さんは直感で決めてくださいね」

 茂樹くんはそう言うと、店の奥から二つの箱を持ってきた。一つはとても可愛いデザインだったが、もう一つの方のデザインはダサい。

「この二つのチョコレート、優花さんならどちらを選びますか?」

 私は茂樹くんの右手にある、可愛いデザインの方を選んだ。野村くんが箱を開けると、そこには板チョコの欠片のようなチョコレートが入っていた。

「食べてみてください」

 私はチョコレートを口に入れてみた。普通の板チョコのような味がする。

「どうですか?」

「普通に美味しいよ」

「そうですか。では選ばなかった方のチョコレートはどうでしょう」

 茂樹くんはもう一つの箱を開けた。そこにはアルミホイルに包まれたチョコレートが入っている。

「食べてみてください。先ほどのものとくらべてどうですか?」

 私はチョコレートを口に入れてみた。まろやかな口溶けと濃厚な甘み、芳醇な香りが、口の中に充満した。

「こっちの方が美味しい……」

「そうですか。優花さんはチョコレートを、唯一与えられている情報である視覚で選びましたね。当然です、誰だってデザインの良い方を選ぶと思います。ですが、外側の箱と内側のチョコレートは別物です」

「つまり……どういうこと?」

「陽の者は、外面を強化する傾向があるんです。もし外面があれば、内面を強化するでしょう。ですが、陰の者はたいてい内面を強化します。もしかすると、外面を強化できないのかもしれない。だからイメージアップしたつもりでも友達ができないんです。おわかりいただけましたか?」

「なるほど……?」

 茂樹くんは説明を終えて、箱を片付けに店の奥へと入っていった。私は茂樹くんの話を頭の中で繰り返しながら、上を向いた。

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