驚きのバロタン
翌日は土曜日で、会社は休みだった。私が朝一番にスイートラジオに向かうと、ちょうど茂樹くんが店のシャッターを開けているところだった。
「おはよう」
そう声をかけると茂樹くんは、
「おはようございます」
と言って店内に戻り、紙袋を持って出てきた。
「ちょうど良い、履歴書はいらないので」
「何これ」
「うちの店のエプロンですよ。母が使ってたものなんでちょっと大きいかもしれないですけど」
「いやどうしたの」
「ちょっと考えてみたら分かるでしょう、たった一人しかいない店員がお客さんと二時間も雑談するなんて絶対駄目じゃないですか」
「まあそうね」
「というわけで、今日から優花さんはこの店の店員第二号です」
「それってつまり……」
「労働基準法に基づいた報酬はきちんと出します」
「副業ってこと?」
「まあそうですね。土日はアルバイトとしてここで働けば、店の回転も上がるでしょう」
「そんなにお客さん来るの?」
「まあ、来ますよ」
「マジで?」
「ええ。午前9時から11時が一番混雑します」
「へえ……」
「信じてませんね?」
「いやいやそうじゃなくて……なんでこんなところにそんなにお客さんが来るの?」
「こんなところとは……」
「いやそういう意味でもなくて……あー、めんどくさい」
「まあ見ててください。そろそろ9時だ」
と、十分ほどしないうちに店内を十数人のお客さんたちが闊歩しはじめた。狭い店内はあっという間にお客さんで埋まる。
「あのお客さん達は……?」
「遠くから来てくれている観光客の皆さんですよ」
「へえ……知名度あるんだねえ」
「まあ、ね。この時間は観光バスが大都市圏に向けて出発する時間にあたるので」
と、お客さんが山のような量の箱を抱えてやってきた。
「
「
「
「
「
「
「
お客さんとさも当然のようにネイティブな英会話を繰り広げる茂樹くんに目を丸くしながら、私は箱の横文字に目を細め、空いている棚にチョコレートを補充した。
「ちょっと……すみません」
高校生ぐらいの男の子が、私に声をかけてきた。一緒にいる女の子と恋人つなぎで手をつないでいるところを見て、私は少し不思議な気持ちにかられ、心の中で首を横にふった。
「どうされましたか」
「ビターチョコフレークってどこにありますか?」
「こちらでございます」
店の端にある、山のようにチョコレートが積まれた棚に案内すると、女の子が言った。
「すみません、値札はどこですか」
私は慌てて茂樹くんに値段を聞きに行った。
「そこのビターチョコフレークっていくらなの?」
茂樹くんは棚の前で待っている二人をそっと一瞥すると、
「え……ああ、値札はこれです」
と言って、「ビターチョコフレーク一袋・¥1380」と書かれた札を取り出した。私はそれを持っていき、二人に値段を告げた。
「1380円になります」
「わかりました。ありがとうございます」
男の子はにっこりと微笑んで、女の子と個数を確認し始めた。と、ヨーロッパ系らしい老夫婦が私に声をかけた。
「Извините пожалуйста скажите мне. Какая цена на этот шоколад?」
「えっ…?」
「Вам нужен автоматический переводчик?」
私は茂樹くんに助けを求めた。
「茂樹くん、英語のお客さん」
「
「Какая цена на этот шоколад?」
「
「Не можешь. Я не понимаю по-английски」
「
茂樹くんも困っているようだ。と、老夫婦がスマホを取り出して話し始めた。
「
「1500円です」
「
「わかりました、25500円になります」
「
老夫婦はぴったりの額を財布から取り出し、茂樹くんに手渡した。
「ご来店ありがとうございました」
11時になって客足が減ってきても、まだまだ店の前には長蛇の列ができていた。
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