上戸のウィスキーボンボン

「ヒシマキは、デパートでの販売時にブランド名『スイートラジオ』を『ヒシマキスイートラジオ』にし、商品パッケージのデザイン権を譲渡するように言ってきたんです。そして守秘義務5年の極秘文書で、そのことを知らせてきたんです」

「それって……」

「店員たちはそのことを知るよしもありませんから、私はヒシマキと店員の間で板挟みになります。ヒシマキ側の見込みでは、私が板挟みになることで資金援助よりも多くの利益をもたらす契約が転がり込んでくるはずでした」

「それをなんとしても避けたかったのね……」

「そうです。私はブランド力を守り、本店への損害を抑える代わりに、資金援助とヒシマキへの出店による販路拡大という攻めの一手を打たなかったんです」

「茂樹くんはちゃんと店を……」

「まあそうなりますね」

「じゃあ意味のある独断専行だったんだ」

「そうです。ですが、もちろんそれを知らない店員たちがかなり怒りましてね。結局私はひとりぼっちになってしまったわけです」

「それでレビューがあんなに低かったのか……」

「レビューには独断専行と書いてありますよね。店員たちも私も、店を守りたかったのは一緒なんです。でも、私が守秘義務に抵触しない限りで出した情報を、彼らは読み取ることができなかった。だから、すれ違ってしまった」

「はええ……」

「私は店長としてやるべきことをやったまでですがね」

「それに今成功してるから良いんだろうけどね」

「そうですね。でも、すれ違ってしまったおかげで店員はいませんけどね」

「茂樹くんってよく人とすれ違うよね」

「そうですね……というか優花さん、お酒が入ると更に単刀直入になりますね」

「まあね」

「私はひとりぼっちから抜け出したいですが……無理でしょうね。こんな風に和解できる機会も滅多にないですし、私の近くにいたい人もあまりいるものじゃないですし」

 茂樹くんはそう言うと、三杯目のビールをあおった。茂樹くんの目は、心なしか潤んでいるように感じた。しばらくして、茂樹くんはお酒を飲む手を止めた。

「今日はお開きにしましょうか」

「立てる?」

「ええ、もちろん」

 茂樹くんは少しふらつきながら立ち上がった。そしてレジで支払いを済ませ、のれんをくぐって外に出た茂樹くんは、突然しゃがみ込んだ。

「どうしたの?」

「あ、あの……」

 茂樹くんは目をこすりながら、ハンカチを取り出した。

「どうしてでしょうね……涙が……」

「茂樹……くん?」

「……どうして」

「大丈夫?タクシー呼ぼうか?」

「大丈夫……気にしないで……僕はもう子供じゃないから……」

 茂樹くんの口調が乱れているあたりから、かなり酔っていることがうかがえる。

「仕方ないなあ……」

 私はタクシーを呼び、茂樹くんをなんとか乗せた。

「スイートラジオまで」

 スイートラジオには7分ほどで着いた。

「お代は1500円になります」

「わかりました」

 お金を払ってタクシーを降り、茂樹くんを車から降ろす。

「スイートラジオの鍵は……?」

 茂樹くんは鍵を取り出した。

「わかった……店で休むわ……」

 茂樹くんが店に入っていくのを確認して、私は家に帰った。そして、鞄を開けて愕然とした。

「あ、時計渡してないじゃん」

 疲れていた私は、そのまま寝た。案の定、翌朝には中島さんからLINEが来た。

「昨日、どうでした?」

「渡せなかった」

「どうしてですか?」

「いつの間にか渡さずに帰ってきてた」

「ええ……」

「仕方ないじゃん」

「仕方なくないです」

「……今日渡すから」

「そうですか……」

「そういえば中島さん、私を実験台に~とか言ってたけど実験で得られたデータをどうするつもりだったの?」

「それ聞きます?」

「聞くよ」

「仕方ないですね……私、好きな人がいるんですよね」

「へえ」

「へえってどういうことですか」

「続きは?」

「それで、その人もミリオタなんですけど、その人へのプレゼントの渡し方を考えたいので……」

「なるほどね」

「おわかりいただけましたか?」

「で、好きな人って誰なの?」

「田中っていう人ですね」

「田中……?」

「田中和徳です。たぶん先輩もご存じかと」

「かずのりか」

「中学の同級生と聞きました」

「そうだけど……」

「では、続きは職場で」

「はいはい」

 そう返すと、私はシャワーを浴びてスーツに着替え、朝食を食べてドアを出た。

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