白状のカカオリカー
「テーブル席になります。15番のお席にどうぞ」
店員さんの案内に従ってテーブル席に座る。
「サラダ大盛り二皿とタンとささみでいいですか?」
「サラダ大盛り……二皿も?」
「私が食べます」
「あの頃もそうだったね」
「そうですね……懐かしいとは思えませんがね」
「それは……どうして?」
「私は、過去のことをよく覚えているからです。いつまで経っても、記憶は色あせませんから。それで、注文はこれでいいですか?」
「いいよ」
注文した茂樹くんは、しばらくは黙っていたが、肉とサラダを食べ終わり、私がビールを頼むと、少し態度を変えた。
「お酒、どれぐらい飲まれるんですか?」
「まあそこそこ強いよ」
「では、また機会があればカカオリカーを試してみてください。カカオ豆から作られた、甘くて芳醇なお酒です」
そしてビール瓶からジョッキにビールをついでそれをあおると、おもむろに話し始めた。
「何から聞きたいですか?」
「……レビューのこと以外に話すことあるの?」
「ええ」
「まあ話したい順番に話して」
「では、昔いた店員の話から始めましょうか。昔、スイートラジオには新卒採用、定年退職後の再就職、兼業主婦の三人の店員がいました。あの人たちはよく働いてくれました。ですが、まだ始まって間もないスイートラジオは、売り上げもあまりよくありませんでした。そんな中、私のもとに大手デパートの『ヒシマキ』からの多額の資金援助の申し入れと、出店のオファーがきました」
「出店のオファー……」
「店員たちははじめ、とても喜びました。でも、私は出店のオファーを蹴りました」
「なんで?」
「その話はもう少し後にしましょう。資金援助の話はなくなり、結果として店員は離れていきました。売り上げが上がるチャンスを無にしたようなものですから、当然です。しかしスイートラジオはヒシマキが多額の資金援助の申し入れと出店のオファーをするような店ということで、大きな宣伝効果を得ました。その結果、現在の知名度を築き上げたわけです」
「へえ……でも」
「ここでヒシマキの提案に乗っておけばより良かったと思われるかもしれませんが、それは違います。ですが、その話の前にしておくべき話があります。リフォームの件なんですが……私は昨日、優花さんが店に来たのがあのメガネの初の出番だったと言いましたよね」
「うん」
ビール瓶をとった茂樹くんは、ジョッキに二杯目のビールをつぎながら言った。
「それがあのような結末に終わって、私はとても悲しかったんです。なぜだか分かりますか?」
「新しい店員のあてがなくなったから?」
「いいえ」
「じゃあ…自分が変わったことを主張できなくなったから?」
「そうではありません。敢えて今言いますが、私は優花さんが店に来たとき、過去の色々を再構築できると思って、とても嬉しかったんです。私は過去に色々ありました、それは優花さんもご存じでしょう?その色々を上書きできると思うと、とても嬉しくて」
「上書き……?」
「ええ。過去のことで私には良いイメージもあまりないでしょう?私にも優花さんに対する良いイメージはあまりありません。でも、私は嬉しかったんです。なぜなら、その悪いイメージを払い去って新しいイメージを作れるからです。でも、あんな結果になって、あなたも悲しかったかもしれません。どうですか?」
「確かに茂樹くんが変わってないって思ったよ、悲しくはなかったけど」
「何にせよ、あなたも過去の悪いイメージを変えたかったんでしょう?なら、私たちは同じことを目指していたわけです。なのにすれ違ってしまった」
「必要だったのは情報の共有……ってこと?」
「まあ企業的に言うとそうなりますね。でも、情報の共有ができない状況になっていたらどうでしょう」
「……?」
「あの時は情報の共有がまったくできなかったんです。しようと思ってもできなかった」
「ええ……?」
「デパートが出店オファーをする際の条件の開示は、責任者に限っても違法ではありません。ヒシマキはそれを逆用してきたんです」
「どういうこと?」
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