Ⅱ リターン・ザ・タイム
Ⅱ-1 テレスコープ
悪戯のハイミルク
12月20日、スイートラジオがリニューアルオープンする日。私は仕事が終わると、急いでスイートラジオに向かった。
「どうだった」
茂樹くんに聞くと、茂樹くんは嬉しそうに話した。
「今日は大変でしたよ、リニューアルオープン日の限定バロタンを集めたいコレクターさんたちが揃って買いに来たんですから」
「あのラジオ型の箱?」
「そうです。午前中分限定1000箱のハイミルクチョコレートが一時間で完売しました」
「すごいね……」
「ええ、ファンの皆さんがいてくれるのはありがたいことですね」
「そうだね」
「まだお客様がいらっしゃるので話はここまでにして、エプロンをつけてください。あと三十分でバスが来ます」
茂樹くんはそう言うと、私にエプロンを渡した。
「そういえばエプロン変えたの?」
「お、気づきましたか。この前渡そうとしてやめたものなんですけどね」
「ロゴはそのままだけど……なんか違うんだよねぇ」
「そうです。外ポケットがなくなった代わりに内ポケットが増え、さらにメモ帳ホルダーや工具ホルダーがつきました。さらにさらに、後ろの紐がシンプルな黒からこげ茶色と黒のストライプ柄になりました。なかなかかっこいいでしょう?」
「すごく良いよ」
「ちなみに私がデザインして特注しました」
「すごい……何でもできるんだね」
「そういうわけではないですが、こういう細かいことは得意です」
「なるほど……そうか、器用だもんね」
「器用貧乏じゃないのはありがたいことですよ」
「ほんとそうだね」
「さぁ、バスがもう少しで到着します。頑張りましょう」
バスのエンジン音が聞こえてきた。そして店の前で止まると、観光客の声が聞こえてきた。写真を撮る音のあとに、観光客たちは店内になだれ込んできた。
「1000箱限定のハイミルクチョコレートはお一人様5箱までです。転売目的での購入はおやめください」
茂樹くんの大声が店内に響く。観光客たちは行儀よくレジに向かう列を作った。
「限定ハイミルクチョコレート5箱、ビターイチゴチョコ10箱ください」
「わかりました、6000円になります」
「ありがとうございました」
観光客が去った店内で、茂樹くんはレジスターの電源を切って売り上げを金庫に移した。
「さて、今日は閉店です」
「え」
「もう9時ですから」
「そっか……」
「お客さんが来るとあっという間に2時間は過ぎるんですよ。はい、給料の3000円です」
茂樹君は私に封筒を渡した。
「ありがとう」
「では、また明日」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
私はスイートラジオを出て、アパートに戻った。夕食をレトルトで済ませ、風呂に入って速やかに布団に入る。
「さて、どこから話していいものやら」
「どうしたの?」
茂樹くんが何か口ごもっている。
「僕はカレーを作ろうとしました。しかしルウの代わりにチョコレートをぶち込んでしまった……」
「はぁ?」
「間違えたんです。今すぐルウを入れ直します」
「わかった、急いでね」
なんじゃこりゃ……と思うような、明らかに夢だとわかる夢だった。明晰夢というやつだろうか。とにかくその夢の中で、茂樹くんは私と一緒に住んでいるようだった。
目覚まし時計の音が、私の夢の中に響き渡る。
「まずい、起きなきゃ」
私は慌てて目を覚ました。
「朝ごはん……!」
朝食に目玉焼きとご飯を食べ、鞄を持って出社する。ラインの作動音が響くオフィスで、私はいつものように仕事を始めた。
「……どうしたんです、先輩」
「え?」
「ニヤニヤしてますけど、何かいいことでもあったんですか?」
「特にないよ」
私は無自覚的にニヤニヤしていたらしい。自分でも不思議に思いながら朝のことを思い出してみると、昨夜見た夢が出てきた。
「なるほど、いい夢を見たんですね?」
「……まぁそんなとこかな」
「そういえば私、和徳さんと同棲することになったんです」
「ええ……!」
「ええってどういうことですか」
「驚いたよ……でも良かったじゃん」
「はい!」
「じゃあ仕事に戻ろうか」
「そうですね」
「夢に出てくるのは、ずっと考えていること。そのことを加味すると……」
中島さんが何かブツブツ言っているのを、私は聞かないようにつとめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます