Ⅱ-4 レインボー・フューチャー
開戦のブラック
帰りの電車の中で、私は中島さんと談笑していた。
「課長の答え、面白かったね」
「あれは流石に苦笑を禁じえませんね」
「『MARテックの知名度を上げて、日本に真空管ラジオを広めたい』はさすがに笑うよ」
「そうですね」
「看板でそれができたら苦労しないって……」
「まさか看板商品のゲルマラジオの生産はそのままに真空管ラジオの生産を拡大するつもりじゃないでしょうね」
「そのまさかかもよ?」
「ええ……」
「社長の熱い賛同も得られそうだしね、やりかねないね」
と、
「JR呉線をご利用いただき、ありがとうございます。まもなく……黒鉄、黒鉄へ到着いたします。お出口は右側です。黒鉄の次は、黒鉄商業博物館前駅に停まります」
車内アナウンスが大音量で響き渡った。先週から車内騒音に応じた音量制御が導入されたというが、記憶を遡っても先週こんなにうるさかった覚えはなかった。
「これ……こんなにうるさかったっけ」
「先週はこんなことなかったんですがね」
「だよね……というか、そろそろ黒鉄駅に着くのか」
電車は黒鉄駅に2分遅れで停車した。黒鉄駅はすでに暗くなり星が出ている空を見上げながら、静かに人々を迎え入れていた。駅前のロータリーでは、岩国の基地から来たと思われるアメリカ軍人たちが次々にバスから降りてくる。
「日曜日でもないのに来ているということは休暇を取ったんですかね」
中島さんがメガネをかけ直してアメリカ軍人たちを観察している。私も彼らをそれとなく観察した。
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漏れ聞こえてくる「甲類」とか「乙類」とか「焼酎」といった言葉から察するに、顔が赤いのはおそらく酒のせいだろう。中には日本酒の瓶を包んでいると思しき風呂敷包みを開けようと悪戦苦闘している人もいる。大柄な、筋骨隆々とした体でベンチに座り、指先で風呂敷包みの結び目をほどこうとしている様子は、なんだかシュールだった。5分ほど見ていると、風呂敷包みがほどけたのであろうか、アメリカ軍人たちは談笑しながら飲み屋街の方へ歩いていった。
帰り道、田中さんにばったり会った。田中さんはニコニコしてワインを買っていた。
スイートラジオに戻ると、茂樹くんはシチュー鍋を作っていた。
「おかえり」
「ただいま」
茂樹くんは静かに奥の金庫の方を指し示した。
「どうしたの?」
「……貸金庫関連の書類が盗まれてた」
「えっ」
私はできる限りの自然な演技で驚いた。
「どうするの?」
「銀行に連絡は入れたけど……だめだった」
「だめだったって……どういうこと?」
「もう引き出されてる」
「……ってことは」
「レシピが流出したってこと」
「……そんな」
「もしかして作戦がバレてた……?」
「盗聴……?」
「となると……どこから?」
茂樹くんはラジオを取り出した。
「これでいけるか」
「どうするの?」
「これで盗聴器を探す」
「なるほど?」
「待てよ、Wi-Fiに噛んでる可能性もあるな」
「……?」
「Wi-Fiなら……パソコンからわかるはず」
「やってみて」
「やってる……あった」
「いくつ?」
「一個。……接続を拒否しておけば盗聴はできないはず」
「やってくれる?」
「うん」
作業を終えると、茂樹くんは田中さんの置いていったペンを取って後ろの蓋を開けた。
「やっぱり」
「なるほどね……」
「これで他のマイクからの情報を拾って流してたんだ」
「じゃあこれと一緒に被害届を提出して、第一フェーズは終わりだね」
「うん」
茂樹くんはラジオをしまうと、食事を温め始めた。
「今夜はおでんだよ」
「おお」
「今朝からずっと大根炊いてたから」
「美味しそうだね」
「味は保証するよ。煮崩れてるかもしれないけど」
「味がよければいいよ」
「じゃあさっそく」
私は温かいおでんの載った皿を電子レンジから取り出し、食卓に置いた。
「いただきます」
熱々の大根を口に運んで少しかじると、濃厚な出汁が口の中に染み出した。
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