第42話 旅行計画
「セイラ先生、本当にお嬢様をそちらの別荘にお招きいただいてもよろしいのでしょうか?」
あの日、リベラルタスから言われたことを、セイラ先生にも確認をとってみると、もちろんとばかりにうなずかれてしまった。
「直接、メリュジーヌ様に確認取りたいこともあるしね。私が空になったそちらのおうちに乗り込むわけにもいかないから、お嬢様をお招きしようと思ったのよ」
家人がほぼいないのに、自分の家のように歩き回っていた某元婚約者を思い出す。
普通ならば、このセイラ先生のような気づかいが当たり前だよなぁ。と思わず比べてしまった。
本当のところ、使用人と大差ないような扱いを受けているメリュジーヌお嬢様だから、セイラ先生がいらしてももてなすこともできないので、彼女が家から出る方が助かるのは事実だ。
「もちろん、リリアンヌも別荘に来るんでしょう?」
「うーん……どうですかね」
奥様たちの旅行の間に邸宅内でお留守番をするとしたら、人がいない機会を利用し、やっておかなければならない仕事もあるだろう。室内の模様替えとか大がかりな工事とか。
それに駆り出さることを考えると、自分がそこから離れるわけにはいかないような気がする。
「なんとか抜け出せる隙を考えてみますが、お嬢様は奥様がいらっしゃらない一か月の間ずっと、別荘にいらっしゃることができると思いますが、私の場合はせいぜい1週間が関の山ってところですね」
「私の方もずっとお嬢様に掛かり切りになれるわけではないのよね。リオンの家から乳母を呼び寄せたり、リベラルタスはなるべくおいておくようにするわね。知ってる人なら安心でしょう?」
「まぁ、そうですね……」
こちらが招待されていく立場だし、しかも、向こうにおける滞在費などもセイラ先生側に丸抱えしてもらうのだ。それに対していちいち文句をつけられるものではない。
「とりあえず、よろしくお願いしますね」
少々の不安は残るものの、旅行というにはささやかな、でも、確かな外出は心が躍るものである。誰にもばれないように、私たちの方も準備を進めていこう。
そして、季節は移り変わっていく。
日を追うごとに気温が低くなっていく中で、公爵邸の方も旅行の準備が進んでいった。
どんどんと寒くなっていくのに、お嬢様は服を新しく準備されることもない。存在自体がほぼ忘れ去られているお嬢様を、気遣う存在は誰もいないからだ。
しかも成長されているので、去年の服をそのまま着ることもできない。
幸いセイラ先生が気を使って服を差し入れてくれたり、お嬢様自身がセイラ先生から請け負った縫い物の仕事や、カードの販売益で服を買ったりできるようになったために、温かい上着などを準備することができた。
そうでなかったら、秋とはいえ冷える屋根裏部屋では、凍えてしまっていただろう。あそこでは火などもろくに準備できないのだから。
私がリリアンヌの中に入るまではどうしていたのだろう、とふと思う。
正直いって、私が前のリリアンヌと実際に会うことができたら、嫌いなタイプだっただろうなと思ったりする。
彼女がシシリーに取り入ってメリュジーヌお嬢様の傍にいたのを選んだのは英断だとしても、メリュジーヌ自身をちゃんと守り切れてなかったし。厳しい言い方をすれば、お嬢様に対して何の役にも立ってないよね? とも冷たく思ってしまう。もう少しやりようあったでしょ? なんて忌々しく思ってしまうからだ。
しかし、それってリリアンヌは、この世界の常識の中で生まれて育っていたせいだから、と憐れむ部分もある。
私は幸い現代の日本の社会で教育を受けることができた。
そこで学んだ一番大事なことは、読み書きそろばんなんかではなく、「自分の力でもなんとかすることができる」という物の考え方ではなかろうか。
知識より、自分に対して知恵と自信をつけるのが教育の実態だったんだなぁって、一応教育者だったのにこんな知らない世界にきて私はそれに初めて気づいた。
そりゃ現代にだって、生まれながらのカースト制度がある国だったり、女性差別のひどい宗教だってあったりするのだから、そういう国に生まれなかった私は単に運がよかっただけだ。
そして、たまたまそれから逃れられる『考え方』を知っていただけだから、この男尊女卑がまかり通るこの国で、保護者といえる大人がいない中で育ったリリアンヌが、メリュジーヌお嬢様を虐げる奥様からどうすれば守れるかを知らず、ただ黙って耐え忍んでたことを責めることはできない。
だから、本当に手遅れになる前に、私をここに連れてこられてよかったね、とそちらの幸運を喜んだほうがいいだろう、うん。
伯爵領への帰省旅行が近づいてくると、めったにない遠出に浮かれるシシリーに、私以外の専属メイドは二人とも彼女についていくことになったので、シシリーの部屋はどこか楽しいムードに満ちている。
「伯爵領に行ったら、どんなことが待っているかしら。エドガー様にお土産いっぱい買いたいわ」
うきうきとしながら、服のコーデを試している。道中はこれ、向こうでこれ、と服をあらかじめ考えているようだ。
「道中気を付けてくださいましね。お土産は馬が疲れない程度に買ってください」
「リリアンヌもくればいいのに」
シシリーが口を尖らせていうが、それはご免こうむりたい。シシリーからすれば、いつも髪をゆったりドレスを選んだりする自分がいたら楽なのはわかるが、私は私でここでやりたいことがあるのだから。
「シシリーお嬢様がいらっしゃらない間に、屋敷と部屋を整えておかなければいけないでしょう? 私の分も楽しんできてくださいね」
そう適当に言ってごまかした。
この地域は冬でも雪が降らない。
乾いた風が吹き荒れるだけだからこそ冬でも移動ができるのだ。
寒さの分、衣類の数が多くなり、馬車の数も増えていく。
公爵家の旅行という見栄も含めて、大所帯での旅行支度は、昔、習った大名行列を連想してしまったが。
そしていよいよ当日。
居残り組総出でお見送りをした後に、私だけこっそりとその場を離れた。
リオン子爵家の小さな馬車が、公爵邸から離れた場所で、目立たないように待っててくれているのだ。
今度はメリュジーヌお嬢様を、家からこっそりと連れていく番である。
目立つ金髪の髪をきっちりとショールで巻いて、メリュジーヌお嬢様はこっそりと部屋から出てくる。
人数が少なくなっているし、もともとメリュジーヌお嬢様は奥様に会わないように暮らしているので、物静かに移動するのが巧みだ。
誰にも会うこともなく、もちろんとがめられることもなく、出てくることに成功した。
馬車の中をのぞきこむと、セイラ先生がいて、目が会えばウィンクをばっちり決めてくれた。こういうところは相変わらずである。
「メリュジーヌお嬢様も、行ってらっしゃいませ。こちらでのお仕事が済み次第、私もそちらに合流いたしますから」
何度もくどいくらいにセイラ先生にお嬢様のことをお願いをして。お嬢様に対してはそう微笑んで、お嬢様が乗り込んだ馬車を見送ったのだが。
生まれて初めて、メリュジーヌお嬢様と離れたその時にこそ、――思いがけない事件が起きてしまった。
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