婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?
すだもみぢ
第1話 婚約破棄されていたけれど、されたのは私じゃない
―― その時、世界は唐突に切り替わった。
「ごめんね、君と結婚することはできなくなったよ」
……はい?
静まり返ったフロアで、男の低い声だけが響いている。
といっても、その男が話しかけているのは私ではなくて、3メートルくらい先にいる白金髪の女の子に対してみたいだったけれど。
どこかにやけたような顔立ちの下がり眉で垂れ目の男は、その子に向かって申し訳なさそうな表情をして話を続けた。
「君が素敵な人なことを僕は誰よりも知っている。しかし、エルヴィラは君よりもっと多くのものを僕に与えてくれるんだ。君にはできないだろう? 親からも愛されていない君には。それに何よりエルヴィラは僕を愛してくれる」
目の前の男は、うんうん、と一人で頷いてすました顔をしている。
この仕草、自分のことをイケメンと勘違いしている野郎だな、とか見た瞬間に反感を抱いた。初対面のはずなのに。
「だから、君との婚約をなしにして、エルヴィラと婚約することにするよ、すまないね、メリュジーヌ」
男に言われている女の子は、どこかきょとん、としたような顔をしていたが、すっと頭を下げてスカートを持つようにして礼をとっている。その優雅な仕草はほれぼれするようだった。
「はい、承りました。エドガー様」
女の子が微笑んで頷いてから、こちらを向いた時に目が合った。
綺麗な子!
齢は16歳くらいだろうか。
25歳の私からしたら、歳の頃10代後半なんてみんな子供よ、子供。
薄い色の金髪だけれど、まつ毛の際は濃い色で長いまつ毛が彩られている。肌も陶器のように白くて綺麗で、それこそ人形のような美少女だった。
こんな綺麗な子を生で見たの初めてなんだけれど、とその子に一瞬見とれてしまったのだけれど、それどころではない。
私は部屋の端に突っ立っている。
下手に動いたら叱られそうなので、目だけをゆーっくりとと動かし、見える範囲で情報を探っていたのだけれど。
そして私の周囲にも、同じように立っている女性数人いるようだ。影の数なども見て数えたら全部で三人だろうか。
顔に出さないように、口にも出さないようにしていたが、私は内心で絶叫したいくらいに焦っていた。
こ れ は な ん だ ?
こ こ は ど こ だ ?
ここはどこかの大きなお屋敷の玄関部分のようだ。
そう思うのも、映画とかで見た洋館の雰囲気に似てるからそう思うだけで。
空気の匂いも、古い木のような匂いがしているのが、本物っぽい。その中に微かに白檀のようないい香りが混じっているのが、なんかここはいいおうちなのでは、と思わされた。
そして、目の前で痴話げんかのようなことをしている二人も、目の端にうつる他人も、どこの民族の人!?という感じで髪色も目の色も多種多様で。
どうなってるの!?
「じゃあ、今日のところは帰るよ、僕のことは早く忘れて、エルヴィラとは仲良くしていてほしいな。君たちは片親しか繋がってないとはいえ、姉妹なんだからね」
「はい、エドガー様のおっしゃる通りにいたしますので、ごきげんよう」
その美少女は、優雅そうな振舞いであるがてきぱきと、何かをまだ言いたそうだったエドガーとやらを追い出しにかかっている。
そして半ば男を強引に外に追いやり、ドアを閉めた途端に、私のところまで走ってきた。
「リリ、大丈夫? 顔が真っ青よ」
突然顔を覗き込まれ、美人のドアップに私が驚いてしまった。
リリ? 私がそう呼ばれているの? そういう名前?
「エドガー様と私の婚約解消が、貴方にそんなに負担になってしまったの? 私は平気だから気にしないでね?」
自分の胃の辺りがきゅーっと痛んで、視界が狭まる。貧血を起こしそうなくらい自分は動揺しているようだ。
でも、そんなのしょせん、自分のことでないのに、どうしてこんなに動揺しているのだ?
それは私ではない、きっとこの体の持ち主の反応だ。
どうやらもう動いてもいいらしい。周囲の緊張が解けて、見れば私同様、立ち尽くしていた人達が、さぁ、仕事とばかりに散っている。
さりげなく自分の手を見れば、見慣れているものより白く指が長く。しかし、あまり手入れが行き届いていない。
確かに仕事柄チョークで荒れた手ではあるけれど、これは水仕事などをしている手だ。
この体を私は知らない。私のものではない。いや、みずほの体ではない。
私の名前は新崎みずほ。
職業は中学受験専門の大手進学塾で理科を教えている塾講師……だったはず。
さっきまで私は、今日は、東京の本社ビルで他の理科講師と一緒に、朝からひたすら入試問題を解いて解答速報の原稿を作っていたはずなのに。
今年の桜桃女学館の問題は手ごわいなぁ、と光の反射の問題をばりばり解いていたが、気付いたらさっぱり知らない世界で、さっぱり知らない状況だった……。
しかもいきなり誰かの修羅場に放り込まれるなんて。危うく空気ぶち壊すところだったわ。
そう、ぼんやりと思っていたら、自分の頭に、知らない誰かの不快な感情と記憶が一気に波のように押し寄せてきた。この体の持ち主本人だろうか。
しかし、断片的で繋がりがなく、ばらけたカードを見せられているようで、まとまりがない。
「……申し訳ありません、メリュジーヌ様」
とっさに口からついて出た言葉に、目の前の美少女はほっとしたような顔をしたが、私は貧血を起こした……ふりをした。
頭を打たないように気を付けながら、床に倒れ伏す。
「リリアンヌ!?」
「きゃあ! リリが!」
目の前で人が倒れ、周囲にいた人も駆け寄ってくれる。
周囲に人だかりがして、その様子から見ても、この躰の持ち主のリリアンヌはこの館で嫌われ者というわけではないらしくてほっとした。
ごめん、周囲の状況とか人間関係とかさっぱりわからないから、こういう風にすれば情報取れると思うんだよね。アクシデントに人間は弱いから。
中でも一番心配そうな顔をしているのは、先ほどの自分の視線の先にいた美少女だ。
「リリィ、リリィ!!」
半泣きになって私にとりすがっている。
私は薄目で周囲を見る。近くに来ている子たちはみんな似たような黒いワンピースにエプロンという制服のようなものを着ている。
そして自分の腕に見える布地も、それと同じ素材のものらしい。
どうやら自分は、この家のメイドなのではないだろうか。
しかし、このメリュジーヌという子はドレスを着ている。そして先ほどのエドガーとかいう男の言ってたことからすると、ここのお嬢様ってところかな。
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