第2話 神が許しても私が許さない


「何をしているの?」

「ミリィ夫人、リリアンヌが倒れました」


 落ち着いたような威厳のある声がした。

 私は今、気付いたようなふりをして目を開けた。

 濃紺のワンピース姿の中年女性だった。他の人の着ている服とは色もデザインも違うし、ドレスではないからここの使用人たちの責任者というところだろうか。使用人も全部でどれだけいるのだろう、この家。

 結構大きい家みたいだけれど。


「申し訳ありません……少し立ち眩みしただけです」

「……部屋で少し休んでらっしゃい。シンシア、リリアンヌを連れていって」


 厳しそうな顔をしているけれど、結構親切な女性のようだ。頭を下げてからゆっくりと立ち上がる。


「私も手伝う」


 美少女が、私の腕をとって支えようとした。

 シンシアと呼ばれていたお下げの子が困ったような顔をしている。そりゃ、私を連れていくのは上の人にいわれた仕事だものね。しかし、この美少女にあの女性が命令してなかったところをみても、この子はこの家の使用人ではなさそうだ。


「リリ、立てる? ほら、腕を貸して」


 随分と心配されてしまった。嘘をついたのが申し訳ないのだけれど。

 そのまま階段を下に下りていく。どうやら地下が目的地のようだ。

 長い廊下に左右に部屋がいくつもあって、奥から二つ目の小さな部屋が私に割り当てられている部屋のようだ。

 中にはベッドが2つ。どうやら二人部屋らしい。

 自分の部屋の情報を無事にゲットした。


「リリ、大丈夫?」

「うん、ありがとう」


 シンシアがドアを開けて先に入り、ベッドを軽く整えてくれる。そうしなくてもちゃんとベッドメイクは済んでいたが。どうやらこの体の持ち主は几帳面な性格らしい。私と違って。


「ありがとう……ごめんね」

「メリュジーヌお嬢様とリリの仲ですからねえ、リリが心配で倒れちゃうのもわかりますよぉ」


 え、なに、私とこの美少女、そんなに仲よかった設定なの?

 いや、冗談かもしれないから真に受けすぎるのも問題だけれど。


「ごめんね、シンシアにも心配かけて」


 メリュジーヌお嬢様がシンシアに申し訳なさそうな顔をしたら、シンシアは慌てたような顔をする。


「メリュジーヌお嬢様がそんなお詫びをおっしゃる必要ないですよぉ。まさかエドガー様がメリュジーヌ様を捨ててエルヴィラ様を選ぶなんてね。あの人女の趣味悪すぎじゃないですかぁ?」


 あ、こんなこと内緒ですからね、とあっけらかんとしていてまるで悪びれていない。


「あの方がおっしゃることも本当だから……恨めないわね」

「それって、あからさまに金目当てって言ってるも同じじゃないですか。なおさらエドガー様なんか選ばなくて正解ですよぉ。でも、結婚はお嬢様がこの家から離れることのできる、チャンスだったのに」


 私は二人が話しているのを横で聞きながらベッドに横になった。

 二人の話は勝手がわからない私には貴重な情報源だから。


「ダメよ、私はこの家から離れられないから」

「そうですかぁ? こんな家捨てた方がメリュジーヌお嬢様、幸せになれますよ、絶対」

「シンシア、ありがとう」


 使用人にこんな家って言われるのっていったいどんな家なのだろう。

 そしてこのメリュジーヌお嬢様はいったいどういう扱いを受けているんだろう。

 そう思っていたら、メリュジーヌお嬢様は困ったように笑って首を振っていた。


「さ、もう行きなさい」

「でも」

「早く仕事に戻らないと。私の側にいることがわかったら、貴方の立場が悪くなってしまうから……ね?」

「ま、そうですけど。リリ、おちついたら手伝ってね」


 シンシアは最後に私に手を振ると戻っていった。

 ドアが閉まる音がして、私とメリュジーヌお嬢様だけが部屋に残される。


『私の側にいることがわかったら、貴方の立場が悪くなる』


 メリュジーヌの言葉から考えると、どうやらメリュジーヌのこの家での立場はあまりよくないらしい。そして、シンシアもそれを否定せずに戻っていった。

 今はよくわからないが、先ほどのシンシアの言葉からすると、このリリアンヌは明確なメリュジーヌ側に立っている存在らしい。

 お嬢様に同情し、好意的に見てくれる人はいても、でも味方自体は少なそう?


 それならわかった。私がやってやろうじゃないのよ。


 急に燃えてきた。


 覚えてなさい、エドガーとやら。

 このお嬢様を見捨てたこの罪は重いからな。

 自分は悪くない、というような顔をして、そして最後は損得で一番守るべき女を捨てたなんて、そんな男は神が許しても私が許さない。

 ああいうタイプの男、大っ嫌い。

 

「あんな男、こちらから捨てればいいのですよ、お嬢様」


 私は起き上がると、ぎゅっとメリュジーヌお嬢様の手を握った。

 本当にそうだと思う。

 あんな男に、この女の子はもったいなさ過ぎる。美人だし、私をこんなに心配できるし、いい子すぎない?


「お嬢様には私がいます。私がお嬢様を幸せにいたしますから」

「ふふ、リリがいれば私はそれでいいわ」


 私の熱意がよく伝わらなかっただろうに、メリュジーヌお嬢様は当惑しつつも笑ってくれて。それだけで頑張ろうという気になった。

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