第21話 貴方は何者ですか?

 次のセイラ先生と会うのは私の休みの日を使う必要はなかった。

 賢しいセイラ先生が、シシリーに対して「お嬢様へプレゼントを渡すので、店に侍女を一人よこしてほしい」と言ってくれたのだ。


 シシリーと一緒の買い物とかだったら旨味がある外出だが、そうではなければ単なるお使いだから、誰もそれに乗り気ではない。

 私が渋々といった形にそれを引き受けることになって恩も売れて美味しい。

 メイド服は基本は屋敷内での仕事着。そしてお嬢様とお出かけする時は、主人に間違われないように着るもの。

 単独での外出では私服を着ることになる。

 したがって、今日はモスグリーンの襟付きワンピースを着て出かけるのだが……デザインがエプロンを外した時のワンピースとこれがまたそっくりで。

 私服を着る時くらい、仕事から離れたいとか思わなかったのだろうか、この体の持ち主は!


 元々のリリアンヌはしゃれっ気が薄かったらしくて、服を多く持っていない。

 せっかくこれから服屋に行くのだから、セイラ先生にコネを作る意味もあるし、そこで何かを見繕ってもらおうそうしよう。


 今回は公爵家のお使いなのでラルセー街に出るまでの馬車を使わせてもらえるのがラッキーだ。

 しかし、歩かなくてよかった~と思えたのは馬車に乗り込むまでだった。

 ぴしっという鞭の音がして、馬車が走り出した途端に、強烈なGが後ろ向きにかかった後はガタガタと尻の下が小刻みに揺れる。

 

「こ、これは……」


 馬車は車をイメージしていたのだけれど、車ほど乗り心地がいいわけではないし、下手したらこれ、酔うんじゃないかと思ってしまう。

 なんでこんなに揺れるの!? どこに問題があるのだろうか。

 車輪の素材? サスペンション? 乗ってるだけで尾てい骨が疲労骨折しそうなんだけど!


「こんなのに乗ってしょっちゅうお出かけしてるなんて、奥様たち、どんなお尻してるのかしら」


 丈夫なお尻だなぁと思うと、あんな人達でも尊敬できる部分があるのね~と冷ややかに思ってしまう。


 幸い目的地は徒歩でも行ける場所。それほど長く乗ってる必要はなく到着した。

 商店街まで入りこまず、自分だけ用事を済ませるということで馬車からおろしてもらう。当分かかりそうだと言ったら御者のおじさんとの待ち合わせは酒場となったが……この世界に飲酒運転という概念はきっとないだろう。


 二度めのセイラ先生の店、銀の鹿と小さじ亭に入れば、もう話が通っているのだろう、店の奥の方にすぐに案内された。

 アイロンを使っているのか、奥は窓を開け放していても今日もとても暑い。


 しかし、そこを抜ければ、突然涼しくなった。どうもそこは前回には通してもらえなかったセイラ先生の書斎のようだ。


 6畳くらいの広さだが、白の壁に家具は黒とモノトーンで揃えられて洒落ている。

 用意されている机の上に、先生は色々と紙やら模型やらを並べて置いた。

 私は椅子を引き寄せて座り込むと、それを1つ1つチェックした。


「これがアドバルーンの試作品です。こちらが使う予定の布と紐ですが、ご覧になってください」


 何分の一スケールなのだろうか。

 小さい掌サイズの風船のようなアドバルーンの風船部分だけ形にしたものと、そして紐や布を渡された。柿渋のような色をしたその布はとても薄く、その上をニスのようなものでコーティングされている。漆か何かだろうか。


「布や紐が重すぎるのか、うまく浮き上がらなくて……」

「それなら風船自体を大きくすればいいんですよ。あまり大きくしたら風が吹いたりしたら大きく揺れて危ないかもしれませんが。それと、紐は掴まえておくだけのものですから、結び目を作らず、縫い付ければよいのでは? 大きさこだわらなければ重くても密度の高い布で充分に浮くと思います」


 結び目を作ればその分重くなる。縫物のプロの集団がここにはいるのだし。

 あと、風船部分が小さければ気体の浮く力が小さいのだから、大きくすれば浮くのは当たり前だ。


「それだと相当大きくなりません?」

「店の上で飛ばすのが危ないとなったら、中央広場で上げてもいいかもしれないですね。当初は店の位置がわかりやすいように、というのが目的でしたが、目立つの優先にさせて」


 それなら店の場所はここ、と知らせる垂れ幕が取り外せるので、垂れ幕分重量が減って浮きやすくなるだろうし。


「ある程度の重量に耐えられるのなら、アドバルーンの上からチラシを撒いたら面白いかもしれませんね」

「文字が読める人、少ないでしょう?」


 セイラ先生のアイディアは悪くないとは思うけれど、それは宣伝に見合ったリターンがあるか私にはわからない。撒いた紙に書かれた文字がわからなかったら、人は店に来ないのではないだろうか。

 それにどんなに粗悪な紙でもそこそこ、この世界でも貴重だからそんなに大量には刷れないだろうし。


「字が読める人は読んで来ると思いますよ。それがステータスになるでしょうしね。そしてそれを真似して人が集まってくるのでは?」


 なるほど。


「それに地図ならわかるでしょう? 絵も入れればどういう店かわかりますしね」


 とにかくド派手に、とにかく知名度を上げるための戦略なのだ。ようやく彼女のいうことを理解した。


「じゃあ、これを踏まえて色々とこちらで試してみます。では、リリアンヌの授業というか……今後、どのような授業にしていこうかというお話し合いをしたいのですが……その前にリリアンヌ」

「はい?」


 なぜだろう。にこやかなのに、なぜかセイラ先生から威圧感を感じる。


「リリアンヌ、貴方は何者ですか?」

「……え?」


 それはどういう意味だろう。

 元貴族である平民で、公爵家に勤めるメイドで、メリュジーヌお嬢様の乳母子で……と、そんなことを聞いているわけではなさそうなのはわかる。


「こんな言い方するのはなんですが、私はこの国でもトップクラスの教育を受けていると自負しております。この国で女性に対して門戸を開く教育機関はそう多くありません。私は幸い我が父が寛容だったことと、身分は貴族として低くともそれなりの資産が家にあったからこそ、私は男性と遜色ない教育を受けることができました。しかし、貴方はそうではないのでしょう?」

「はぁ……まぁ、ずっと公爵家に奉公してましたし」

「貴方の話しぶりは、貴方が何か真理のようなものを知っていて、それを前提で話しているような信頼感があるのですよね」

「そ、そんなことないですよ! 神様じゃあるまいし」


 慌てて、とんでもない、恐れ多い、と頭と手を振る私に、ふふ、とセイラ先生が微笑む。


「そうですか。私としては知的な話ができる女性の友人ができてとても嬉しいですので、とりあえずはそういうことにしておきましょう」


 つまり、信じてくれてない、らしいな、この人。


 もう、そんな御大層な人間ではないんだけれどね、とは思う。

 大体、私が考えている物理法則が、この世界でも通用しているとは限らないんだしさ。

 私からしたら、セイラ先生の方が何者!? と思うのだけれどね。洞察力とか頭の回転とか凄すぎる。

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