第25話 教会、信仰、お祈りポーズ

「ん? そのぼうやは誰じゃい?」


 管理棟の外に出ようとした時に、ゾムさんに話しかけられてしまった。二人で思わず顔を見合わせてしまう。

 どう誤魔化そうかと思案していれば、リベラルタスがふわっと笑ってゾムさんに向き直る。


「リベラルタスと申します」

「そうか」


 そう訊いただけで、じゃ、またな、と手を振って見送られてしまった。

 おい、名前聞いただけでいいんかい。


「あぁ、焦ったぁ」


 管理棟から離れてから、ほぉ、と無意識に詰めていた息を吐いた。


「焦ることはないですよ。だって僕らは何も悪いことしてないんですから」


 先ほどとは逆に、リベラルタスの方が堂々としている。

 彼の中で、不法侵入したことは悪いことではないらしい。

 それに頼もしくも感じながらも、どこか悔しい思いがしないでもないが。


 彼を公爵邸の使用人通用門に連れて行きながら、二人で話す。

 こうしてそこにいるリベラルタスは様になりすぎていて、彼を疑うものはもはやいないだろう。


「そういえば、貴方は平民なのに本を読めるのね」

「教会で字を教わりました」

「へえ」


 教会……この世界にも教会があるのか。

 リリアンヌはあまり信仰心がなかったらしく、それについての知識は薄いようだ。

 彼の話からすると、どうも平民などの教育をする場でもあるらしい。

 しかし、その教育を施す余裕がある教会もあまりないようで、彼の住む地区にある教会はたまたまだったようだ。

 そういう教育程度の高いところに生まれつくかどうかも、結構人生の選択肢に大きく違いが出るんだろうなぁ、と同室のシンシアの文字への興味の無さを思い出して考えてしまう。

 彼女の人生が悪いものだとは別に思わないけれど。


 使用人用通用門から、彼を外へ出すと囁いた。


「ちゃんと一人で帰れる?」

「もちろんですよ」


 一応周囲を見るが、人の気配はないようだ。

 誰かに例え見られたとしても、最悪逢引きかなんかだと思われて、私が恥ずかしい思いをする程度だからまぁ、いいか。


「今日のことは忘れません。リリアンヌさん、ありがとう」

「じゃあ、またね。セイラ先生のお店で会いましょう」


 扉を閉め、中から鍵を掛けると邸宅の方に戻りだす。

 歩きながらも、リベラルタス、本当に嬉しそうだったなぁとついつい思い返してしまう。

 公爵邸に彼が入れるのなら、何度だって図書室に連れて行ってあげるのだが……彼がここに勤めることができればいいのに。

 しかし平民が雇われるには、紹介状が必要だったりしてなかなかに難しいのだろう。

 優秀だという話なのに、もったいない。





 そのままこっそりと、いつものようにメリュジーヌお嬢様のところに足を運ぶと、私の足音で来たのが分かったのだろう。中からお嬢様がドアを開けてくれた。


「見てみて、リリアンヌ!」


 待ちかねていたのか、お嬢様は私にベッドの上に置いたバスケットの中を次々と自慢気に見せる。


「あんな短期間でこんなに色々作ったのですか?! これ、奥様からの頼まれものですよね?」


 バザーに出せそうなものを、と言われて作ったものだろう。

 奥様が持ち込んだ色々な布が、コサージュやぬいぐるみなど、さまざまな可愛いものに化けている。

  

「お義母様が他にも端切れをくださってね、パッチワークのぬいぐるみもいい感じにできたのよ」


 いいデザインの布は、たとえ小さな端切れでもいい感じに見えるなぁ。

 本当に小さいものでも、なんにでも活用してしまうメリュジーヌお嬢様の腕もあるのだろうけれど。


 ウキウキとしているお嬢様の横顔をそっと見つめる。

 あの時に奥様に叩かれたお嬢様の頬は、もう綺麗に治っている。

 もし痕でも残るようなことになっていたらどうしてくれようと思っていたが、そんなことにはならなかったようでよかった。


「本当にお嬢様はお上手ですね」


 こちらに手芸に関する知識があまりないから、上手に褒められないけれど本当にすごいと思っているのが伝わらなさそうで心苦しい。しかし、メリュジーヌお嬢様は嬉しそうその褒め言葉を受け取ってくれる。


「そう言ってもらえて嬉しいわ。お義母様に届けてくれる?」

「私からですか?」


 そういうと、可愛らしく「お願い!」と拝まれてしまった。

 そうか、この世界のお祈りポーズも同じなんだな、と妙なことを考える。


 確かに、下手にリリアンヌが直接渡すより、私から渡した方がよさそうだ。あの奥様ならお嬢様に余計なこと言いそうだし。

 私も全然会いたくないけどね!


「そういえば、王女のドレスですが、幸いそのまま奥様のドレッサーに突っ込まれたようですよ」


 ミレディに聞いたところ、ヴェールの素材が金属ならば、奥様の肌を傷つけるので迂闊に触らない方がいいと言われ、それを信用している侍女に言われた奥様は興味を失ったらしい。


 ……よかった。本当に良かった。


 その言った侍女というのも、奥様の筆頭専属侍女のアネッサで、お嬢様に優しくない派閥の重鎮と言ったところで複雑なのだけれど。

 あの女はお嬢様を徹底していないものとしてふるまう。嫌うでもなく、ただ、そこに存在しないように。

 腹いせに暴力をふるったり罵詈雑言を浴びせたりするのは純粋に悪人だが、無視するやつも相当根性が悪いと思う。

 

 まぁ、このバスケットは奥様の専属メイドに渡しておけばよいだろう。


 私はお嬢様からバスケットを預かると、そのまま奥様の部屋までまっすぐ向かい、ノックする。

 出てくるのがミレディだったら楽だな、と思ったが、出てきたのはあのアネッサで。


 私は無意識に無表情になると棒読みで、『奥様からメリュジーヌお嬢様に言われていたものを持ってきました』と言い、バスケットを押し付けてさっさと帰ってきてしまった。

 相手がどんな表情をしていたかもわからない。


 お嬢様が丹精込めて作ったバザーの商品が、この後、エルヴィラたちの功績と喧伝されるのは悔しい感じもするけれど。

 お嬢様が楽しそうに作られていたのだけはよかったかな、と思う。

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