第11話 図書室

 ミレディから図書室の鍵を奪ったはいいけれど、そこに足を踏み入れるチャンスをなかなか見つけられなかった。シシリーの専属メイドなのだもの。彼女の側にいるのが当たり前だからね。

 ようやくチャンスが巡ってきたのは、シシリーのお出かけの日。

 シシリー付のメイドは三人いて、一番のお気に入りだけか、二番目までのお気に入り二人かを連れて外出をする。私は末席だからいつもお留守番だ。

 その間、部屋の掃除を言いつけられるのだけれど、そんなの適当にやってしまえばいいや。


 エンドラ公爵家の図書室は管理棟の中にある。

 それでも、やはり貴重なものなので、形ばかりでも入り口にちゃんと警備がいる。それでも物が入り用の時以外、人が来ない。

 お疲れ様です、と挨拶をすれば自分は顔パスなのは幸いだ。古参のメイドはこういう時に助かる。

 警備は誰が奥様の専属メイドなんかわかってやしないだろうから。


 リリアンヌは長年この屋敷に仕えてはいるが、足を踏み入れるのはいつぶりだろうか。

 母親がまだ生きていて、お嬢様のお母様が生きてらっしゃる頃に入ったきりだろう。

 曲りなりにも公爵家の私設図書室。何万冊あるのだろうか。規模がすごいし、貴重な資料も多いはずだ。

 本を1冊抜き出して裏表紙を見ると公爵家の紋が押されている。ここの蔵書全てがその仕様になっていて、本1冊1冊が公爵家の管理下のものだとわかる。


 以前はここの図書館もここまで人の出入りを禁止していなかった。

 司書が置かれ、中の蔵書も整理され、手入れも行き届いていた。

 しかし今はどこかかび臭く、本の管理がろくにされていないのではないか、と不安になる。


 掃除もちゃんとしているのだろうか。

 奥様の専属メイドは人が来ないのを幸いに、足もろくに踏み入れてなくて、掃除をさぼっているのだろうと思う。


 とりあえず窓を開けて、中の様子を確認しようか。


 本棚が整然と並んでいる中に、奥に1つだけ赤い棚を見つけた。


「なんでここだけ赤いのかな……」


 裏帳簿があったりして……。そう思って色々と見て回るが、そんなものがあったとしてもここにはおかないだろうと早々に諦めた。裏帳簿はなかったけれど、画集みたいなものは見つけた。

 中に詳細に色々書きこまれている絵と、そしてその説明がびっしりと書かれていて。


 673年、レメンダール王より拝領 サレドの壺

 688年 リーダルト公爵より テルドル教会の鐘

 ……

 ……


 なんだ。これは貰い物の目録かね?

 中には、メリュジーヌお嬢様のおばあ様の実家であるリャルデ王室から輿入れの時のものや、デビュタントの髪飾りなどもあるから、公爵家に伝領されているものの一覧表のようだ。

 パラパラと見ると随分と結納品も持たされていて、どんだけこの世界は貴族に富が集中しているの、と思ってしまう。

 王室が金持ちなのか、公爵家が金持ちなのかはわからないけれど。


 まあ、よそんちの金を羨ましがっていても仕方がない。

 とにかく本が読みたいのだけれど……図鑑とか、そういうものはないだろうか、と探すが、この世界における本の分類の仕方がどうなっているかとかがわからず、探すのも一苦労だ。

 ううう、こういう時、司書さんがいてほしい。


「えーと、これは帝国共通語の本、かな?」


 外国の訳本などもあるようだけれど、それは全て帝国共通語で書かれている。

 私……というかリリアンヌが話しているのはリャルデ王国で話されている言葉で、この帝国共通語は帝国内の知識層ならみんな話せて当たり前の言語らしい。


 みずほでいうところの、リャルデ語が日本語で、帝国共通語は現代の英語ってところかな。感覚でいうと昔のラテン語の方が近いのかもしれないけれど。


 王都に近ければ近いほどリャルデ国の中でどこでも通じやすい言葉を話すようになって、辺境に近くなればなるほど外国語の訛りが強くなるようで。要するに、王都が標準語で、エンドラだと博多弁とかそういう感じか?

 特にここエンドラ公爵領は隣国レンドールトに近い位置にあるので、レンドールト訛りがあってもおかしくないだろう。もちろん自分たちはわからないけれど。


 外国の本の訳本がリャルデ語で書かれていればよかったのだけれど、翻訳されている本が少ないのだろうか。

 そこから考えるとたいていのものが日本語に翻訳されている日本の国力ってすごいんだなぁと思うぞ……。


 あんまりぐだぐだ悩んでいると、誰か来てしまうかもしれない。

 ここで読んだりする時間もないので、勝手に本を1冊借りていくことにした。

 絶対に見つからないようにしないと盗んだと勘違いされるし、ミレディにも迷惑をかけることになるから、公爵家の印は絶対に見られないようにしないと。


 私はまず、読む行為自体に慣れなければとリャルデ語の薄い本を選んだ。どうやらそれは、エンドラ公爵家の地誌と郷土史の本だったようだ。

 先代くらいまではまめに領地を調査して年代ごとにまとめていたようだ。20年くらい前のものが一番新しいようだけれど、これを借りていくことにしよう。


 とりあえず本を持って自室に戻り、ベッドの枕の下に隠す。

 これをどうやって誰にも内緒で読もうかと思うが、考えるのは後にして、とりあえずは仕事をしに戻った。




****




「あれ? 珍しいね、本読んでるの?」

「……うん」


 夜に寝る前に少し、と本を取り出して読んでいたら、案の定、速攻バレた。

 大体、二人部屋なのに、どこで本を隠れて読めばいいというの!

 シンシアは寝ていると思っていたのだけれど、明かりがいつまでも消えないので起こしてしまったらしい。こうなったら朝早く起きて読むようにしないと。


「リリは字が読めるんだもんね、いいなぁ」


 枕の上に頭をのせて、寝転びながらシンシアがこちらを向いている。


「シンシアも勉強すれば読めるようになるよ。教えようか?」

「いいよ、いいよ、そんなの必要ないもん」


 まるっきり本に興味を持たないシンシアに、内心助かった、と思う。

 公爵家の図書室から勝手に持ってきたものと気づいていないけれど、彼女が誰かの専属メイドだったりしたらきっと勘づいてしまっただろうに。本というものに興味がなかったらそんなもんだろう。

 しかし、これがこの世界の現実なのだろうな、とも思う。


 リリアンヌの体が字を読む力が薄いということを知った時に、周囲にもそれとなく聞いたが、ここの人はほとんど本を読まない。いや、読めない。

 識字率が低いようだ。教育を受けている人間自体が少ないし、そして特に女子に対する教育レベルも低い。


 リリアンヌが字が読めることは、メイドという仕事をする上で、大きなアドバンテージでもあると思う。

 他のメイドではできないことができるから重宝されて、真っ先に追い出したいであろうメリュジーヌお嬢様の乳兄弟なて存在を、留め置かれている部分もあるだろうし。

 女子ならなおさら教育を受けていた方が、いいところに就職できると思うのだけれど。そういう発想はないのだろうか。


 話をしているうちに眠ってしまったシンシアを見て、そんなもんかと思いながらも自分は続けて本を読んでいた。

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